助けあいジャパン

May 15, 2013

社会システムのデザイナーが悲観的になってはいけない

1990年頃までは、
たしかに結婚適齢期というものがあった。
仲人というシステムも現存していたし、
お見合いもごく普通だった
その後バブルに向かい
そしてそれが散った頃から
型通りの結婚式や
従前の結婚披露宴を
やらないカップルが
明らかに減った

つまり形式にとらわれない
新たな世代が主流になったのだ

僕は1985〜1990が一つの転機だったと思う

ここで態々、僕が言及するまでもなく
社会の様々な価値観(個人、家族、自分の周囲の人。。。)
も大きく変わった。ライフスタイルそのものが多様化(陳腐な言葉だけど)したものこのころから。視点をちょっと変えると、社会が「ファミリー」や「夫婦」を再定義した
ということになるだろう。

ついこの間まで何処にでも普通に存在した「口うるさいけど親切なおっさんや」や、おしゃべりで「人の話は全然聞いてないけど、いろいろ心配してくれる仲人おばさん」etc 登場人物がいつの間にかどこかに行ってしまった。

さて、さらに核家族化の進んだ日本社会
孤独死が全然センセーショナルではなく
アタリマエのようにニュースで流れている

最近は、その反動として
「人間の優しさ」をどうやって
社会システムに組み込むのか?について
ディスカッションがなされている

いろいろ論点はあって
様々な意見はあると思うが、
僕は結論を急いで
悲観的になることはない
と思う

青い、かもしれない

しかし あの現実

311を実感した我々の世代の
僕は日本社会の底力を
信じたいと思う

我々にはそういうDNAが
脈々と受け継がれている
日本という社会の質の高さと成熟性
そして臨機応変な可能性に
未来を託したい

政治家、官僚、研究者など、
社会システムのデザイナーたちが
悲観的になってはいけない。
未来への道は
立ち止まってはいけない
待ったなしなのだから