助けあいジャパン

July 26, 2011

薄情な浮気者である読者

仕事関連の雑誌(Journal)は別として、決まった雑誌(magazine)を定期的に買わなくなって久しい。子供の頃は学研の「科学」とか「学習」、さらに色気がついてからはGOROなどの男性雑誌、POPEYEはある意味教科書だったし、BRUTUSやPLAYBOYにはかなり影響を受けたと思う。基本的には月刊誌で、ある時点まで途切れる事なくこれらの「いつも買う雑誌」があったと思う。発売日が待ち遠しいという「あの感覚」。今はないなあ・・・。その時の自分に必要な「情報」とか「刺激」がまだ雑誌にあった時代。今でも雑誌は大好きだけれど、本屋さんで眺めてからアトランダムに買うことがほとんど。月に4−5冊は買うけれど、これはたぶん今の時代じゃ稀な事なんだと思う。

たぶんこれは、ネットに流れる多層的で流動的な様々な情報の成熟化とそのスピードが、昔の「雑誌的なもの」を駆逐しつつあるということなんだと思う。その意味では週刊誌には厳しい時代なんだろう。今更だけれど、「文春」とか「新潮」とか「現代」とか「ポスト」みたいな「総合誌」が存在しているのが不思議ではある。世界的にみるとまだまだ日本はテキスト文化の国だし、たぶん「価値観」のブレがそれほど大きくない社会だからなんだと思う。電車の中吊り広告をみると、ちょっと読みたくなるコンテンツがあることもあるけれど(笑)、わざわざ買うことはほとんどないなあ。とはいえ、今も昔も患者さんのベッドサイドをみると、これらの雑誌が置いてあることは多い。つまり、そういうことだ。べつの文脈でいえば、その時読んでいる(定期購読している)雑誌をみれば、その人のセンスも考え方も想像がツクということだ。

話がずれた。
定期的に買っていた雑誌を買わなくなる理由について、今日考察した。

①紙面や内容に「飽きる」
②旅行とかでたまたま2−3週間買わないでいると、もうフォローする気がしなくなる。
③編集方針ががらっと変わり、急激に面白くなくなり「怒りを持って」買わなくなる。
④ハマっていた連絡小説が終了
⑤嫌いな作家の連載開始
⑥グラビアの質。好みの変化。
⑦ライバル誌の存在。
⑧まったく新しいコンセプトの雑誌に目移りする

消費者(読者)は薄情な浮気者なのだ。だって責任ないもの(笑)。
①と⑦⑧は表裏一体。
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