助けあいジャパン

August 30, 2013

じぇじぇじぇ叙々苑

従姉妹より差し入れお見舞い
叙々苑スペシャル だ〜〜っ!

いつもありがとう!


種市先輩の憂鬱

「携帯電話のなかった時代」という歌は、1973~1975頃のストーリーだ。
あまりにも書きたい事が多くて、未だにどう纏めるのか見えてこない。
そもそも纏まるのか?も疑問だけど(笑)。

男の子と女の子が
出会って
デートをするまでの
はっきりしない
微妙な時間

男の方がハッキリしない事が
多かった気がする
このハッキリしなくて悶々としている気持ちと
彼女のことが「スゴく好きで大事にしたい気持ち」が
渾然一体となって
心が張り裂けそうになっている

「あまちゃん」の「種市先輩」の気持ちは、
その時期を通ってきた男であれば
実に解りやすい。
解りすぎるらい解るはずだ (w)

当時は夜の公園の公衆電話から電話し
話が盛り上がったとしても、
「そこまで」で「寸止め」

なぜだったのか?
何故そんなに頑なだったのか?
未だに明確な答えがない(てか、どうでもいいこっちゃ)

そのころは、好き=したい ではなくて
discrepancyがあるわけだ。
頭の中はその事でいっぱいなのに、
実際の行動は全然違う

男ってバカだし、幼く拙くて不器用で
一所懸命で、今となっては可愛いとさえ思う。

ってことは、今の時代の(種市君とも)
考え方は基本的には変ってないってことだ。

当たり前だけど、腑に落ちた(笑)

戦いごっこ

男の子の戦いごっこについて

昔は、取っ組みあいのけんかも当たり前だったし、
ボディコンタクトの遊びが男の子の遊びの定番だった。
危なくなければ遊びじゃない、という意識さえあった(笑)

「おしくらまんじゅう」のような遊戯から
「水雷艦長」「缶蹴り」「馬跳び」などのゲームは
エネルギーの有り余った男児には定番の「遊び」だった。

怪我をするリスクがあるのは
スポーツでは当たり前なので、
最善最大の防護策をとるのは当然なのだが
怪我をするから、危ないから、
治安が悪くなったからと、
近所付き合いが希薄となって
いつのことからか
子供が外で遊ばなくなった

1975〜1980年頃が、境目か?

その頃までは
「〜ちゃん、あーそぼ」
と呼ばれたら、知らない子でも
とりあえず入れてあげる
年長の子供が仕切って
皆で遊ぶのが「全国共通」の
ルールだった

僕自身、何回も遊びに行ったところ(つまりアウェイで)
近所の子供達の仲間に入れてもらって遊んだ。
「あ〜そぼっ」と、初めて言う時の勇気、ドキドキ感。
そういう経験を通じて社会性を学ぶ

今、ふと思いだした

「あ〜と〜でっ」という断り方があった

今都合が悪いけど、今後機会があれば宜しくね、という
曖昧にして相手を慮る態度を、子供心に育んでいる
そういった伝統が日本的と云えるかもしれない。

その他、諸々の社会性や礼儀
トラブルシューティング
人間関係クレーム処理の仕方
さまざまな交渉と調整

子供同士の喧嘩に親は口を挟まないという
暗黙のルールがある

地域のしきたり 
ルールや掟

子供同士の関係
友達
兄弟姉妹
年長者
大人との関係

家庭、近所、学校、地域とだんだん世界が広がるつれて
視野が広がって、さまざまな事に興味が出てくる、その原体験。
そこでさまざまな事を学んだ

1975~1980年頃の
この子供社会の一大変化は
日本の高度成長期の社会の変化と
表裏対になっていて、
ファミコンや家庭へのインターネット普及で
拍車をかかかったのは確実だ

いつも大人も子供も
どんな事でも傍観者的で
誰でも評論家的になってしまう

痛みがわからないので
程度がわからない
自分が痛い思いや
辛い思いをしていないので
やさしくなれない

そんな情景も今はもうないんだろうな。。。と、
ノスタルジックに、古き良き時代の日本社会を
思いだす

バーチャルな体験ばかりで
リアルな体験をしていない
どこかに歪みが出て不思議ではない

だからといって
後戻りは出来ないのだけれど

August 29, 2013

王様の金庫(小説)

王様の金庫(寓話)
2007-9-25再掲載
2013-8-23 再々revised

昔々のある日の午後、王様が一番信頼できる家来達に言った。

「わしは、大切な宝物が一杯ある。我が王国の賢者達よ、その宝物をわしが安心して置いておける金庫を作って欲しい。絶対に開けられない金庫じゃ」

一番賢者アーサーが言った「恐れながら王様、{絶対に開けられない金庫}というのは矛盾しています。{王様だけが開けられる}という意味ならわかりますが。」

「うむ、なるほど。賢者アーサーの言う通りじゃ。わし以外の誰もが開けられない金庫を作って欲しい」

「御意・・・・」

賢者達は考えた。

ある天才数学者は、連続的な解答不能の問いを繰り返す迷路を考え始め、

ある天才地質学者は、世界中で一番地質の安定した場所を探して、巨大な穴を掘り始め

ある天才天文学者は、ブラックホールの向こう側にある場所をスーパーコンピューター使い計算し始め

ある天才心理学者は、万人の心の奥底にある「欲望」という名の「空洞」を世界で一番深いマリアナ海溝の底まで捜しに行き

ある天才物理学者は、素子の「ささやき」と我々の宇宙の果てにある「時間のねじれ」の違いを考え始めた

さらに、ある天才医学者は、完璧な金庫を開ける権利のある王様のための不老不死の薬を研究した。

 そして1週間後、賢者達の会議で、第一賢者のアーサー議長が言った。

 「賢者達よ、君たちの結論は出たか?」賢者全員が大笑いをした。

 「議長! 私達の求めているのは{真理}なのです。それが1週間で見つかるわけがありません!」
と、物理学者と医学者が言った。

 他の賢者達も頷いた。

 王様が聞いた。「賢者達よ、それなら、どのくらいの時間が必要なのだ?」

 一番賢者のアーサーが代表して王様に答えた。「私達にもわかりません。しかし賢者は賢者なりのベストを尽くし、年老いた{王様の生きているうち}に解を見つけるべく鋭意努力します。」

議長が言った。「賢者達よ。汝等のベストを尽くすが良い。王様は待っておられる。」

==========
賢者達は何を見つけ出した???
==========

「で、この話の教訓は?」と彼女は言った。

「何にもないさ、だたそれだけの話さ」と僕。

「えっ?そんなことないでしょう?そんな筈はないわ。だって世界中の最高峰の頭脳を持った賢者達が一所懸命考えたんでしょう?」

「そうさ、そうだよ。でも賢者達は解を見けられなかったんだ。」

「じゃあ、王様は{絶対に開けられない金庫}は得られなかったってこと?」

「そうだよ。でも、彼は意外なことに、すごく身近に「最適解」を見つけたんだ。

{絶対に開けられない金庫の鍵}を」

「絶対に開けられない金庫は、出来たのね!」

「答えはYESでもありNOでもある。{絶対に開けられない金庫}なんて、初めから世の中に存在しないのさ。でも、王様はそれを判っていて賢者に命令した。そして、彼(王様)はその鍵を見つけたのさ。」

「私には解らないわ、あなたの寓話は。起承転結の結が見えないわ。」

「どんな金庫にも鍵は開けるためにあるんだ。開けられない金庫が存在したとしたら、その金庫には鍵はないはずだ。誰にも開けられない金庫は、それ自体自己矛盾なんだ。それは紀元前1600年の殷の時代の象形文字に記されているという。つまり{真理}なわけだ。」

ということは、アーサー卿が言っていたように、王様以外には開けられない、というのが正しい?

いや違う
開けられたくない人がいるから金庫の意味があるんだ。
誰にも開けられない金庫は、誰にでも開けられる

つまりどんな複雑な金庫を作っても、鍵の意味がないことを悟り
王様は鍵を捨てたんだ。

さらに金庫だけでなく、王様は王国から全ての鍵をなくしたんだ

その結果、泥棒や盗賊や盗人や怪盗はいなくなり
王国の民は皆で富を共有して
賢者達は、さらに素晴らしい賢者達になり
国はさらに栄えて
すばらしい王国になったとさ

う〜〜ん。
ちょっと待って??
あなたの話は「出来過ぎじゃないかしら」

ははは。
さすがだ。鋭い指摘だ。

ポイントは、そこで賢者達はさらに考えたことなんだ。
人間は常に進歩し続けるために。

新たな新進気鋭の若い天才数学者は、誰にでも簡単に複雑系の解をみつけられるシークエンスを考え始め

さらに若い天才地質学者は、世界中で一番地質の不安定な場所も生活できる別の巨大な穴を掘り始め

新しい天文学者は、ブラックホールの向こう側にある場所を、別の方法で計算し始め。。。

ある心理学者は、万人の心の奥底にある「希望」という名の「空洞」を火星の底まで捜しに行き

新人の物理学者チームは、素子の「ささやき」と我々の宇宙の果てにある「時間のねじれ」の違いを検証し

医学者たちは、王様のための不老不死の薬の研究は意味のない事をはじめて議論するようになった。

王国中の皆がそう考えるようになって、
初めて国中の人々が
大人も子供も安心して、
幸せに暮らせるようになったんだ。

で、その国の名は???


to be continued

小説「キラーメッセージ」revised

キラー・メッセージ(小説)revised版 

 その手紙の封を開けた瞬間、僕の部屋の空気が揺れ、ごく微かな、乾いたポプリの香りがした。ポストで2ヶ月ぶりの彼女からの手紙を見つけて、僕は跳ぶように走って、アパートの3階にある自分の部屋に戻り、深い深呼吸をしてから、その手紙と向かい合ったのだった。

 カリフォルニアの熱く乾いた風が、一瞬シャツの襟元を通り過ぎたような気がした。

 ピンクの縁取りがある小型の便箋で、右肩アガリのすこし丸みがかった、彼女の懐かしい文字。用箋をあまり気にしないのは、いつものこと。本当は気が小さくて弱虫なくせに、時々周囲をびっくりさせるような大胆な行動をとったりする彼女の性格を表していて、大きめの文字が飛び跳ねている。

 きっと、走り書きみたいに急いで書いたんだろう。右側の文字のいくつかがインクで汚れている。インクの文字が乾ききる前に、気持ちが先走ってしまって、飛び出してくる言葉を追っかけるのに、きっと一所懸命だったんだろう。

 僕達が別々の場所で生活するようになってから、もう2ヶ月近く。別れた直後のお互いの気持ちの高まりは、波が寄せては返す運動を繰り返すごとに徐々に収束するように、今は落ち着いてはいたけど、心の深いところにある仄かな「灯火(ともしび)」のような温かさとなって存在していたのは真実だ。

 彼女のことを愛していた、と思う。たしかに。でも、すごく正直に言えば、彼女のことを考えない「夜」はなかったけど、彼女のことを考えていない「昼間」は(少しずつだけれど)多くなっていたかもしれない。僕たちはそれぞれ新しい生活に慣れるのに必死だった。

 はじめのうちは、毎週やり取りしていた手紙も、突然凪いでしまった海のように、来なくなったし、僕も出さなくなっていた。彼女は新しいセメスターが始まって、毎日の講義のレポート作成に追われているという理由を言い訳にして、僕は僕で、新しい実習の実験結果をまとめるために連日学校に缶詰になっている、という理由で、自分と相手を納得させていたのだ。
 
 それは、初めのうちはお互い99%は真実だったけれど、残りの1%の比率が徐々に大きくなるのに、そんなに時間はかからなかった。今みたいに簡単かつ頻繁に国際電話をかけられる時代じゃなかったし、メールだってなかった。そんな時代の話なのだ。手紙を書くことは、遠く離れた相手に自分の心を届ける一番の方法だった。そして2ヶ月。

 結論を先に言えば、その手紙を読んで僕は即に航空会社に電話をし、翌日なけなしのお金をかき集めて、LA行きの飛行機に飛び乗った。でも、もっと先の結論までいえば・・・、その半年後に、僕らの絆は、凪ぎの海から沈没して、深い海の底に沈んでしまったのだけれど。

それはまた別のストーリーだ。


 彼女からの手紙の手紙は、一緒に暮らしたパサデナの街の変わらない様子や、学校のこと、友人達の近況など・・・ごくごく普通の彼女の生活が、意外なほどさりげなく書いてあった。「愛している」とか、「あなたに逢いたい」の一言もない手紙。久しぶりの彼女からの手紙で、こちらからも出していない引け目もあったりして、なんとなく「別れの手紙か・・・」という不安感と緊張感を持って読み始めた僕は、急に膝の下から力が抜けたような脱力感と同時に、妙な安心感と安堵を感じたのだった。


そして、彼女の書いた最後のページ


So long, XXXX(キスマーク)
(じゃあ、またね,XXXX)

その文字の隣にあった微かな便箋の乱れを見て、僕は居ても立ってもいられない気持ちが湧き上がってきた。心に響くというようなキレイなものじゃなくて、(今すごく正直に言えば)下半身を直撃するような衝撃だった。


「キラーメッセージ」と「滲んだ涙の痕」

惚れてる(ていた)女を前にして、男は哀しいくらいに弱くて単純だ。

居ても立ってもいられず、太平洋をひとっ飛びしたわけだ。


で、その結末は。。。
結局僕らは、太平洋を挟んで大騒ぎをした挙げ句、彼女は翌朝には来るものが来て、嘘のようにニコニコ顔となり、唖然とする僕を前に、パンケーキハウスに入ってご機嫌になった。


あとで彼女に聞いたら、あれは涙の痕じゃなくて、
くしゃみをして「ハナミズが垂れた」と
言い張っていたけど・・・。


真実だとすれば・・・ウソだとしても・・・
あえてここには書かないけど。



まさにキラーメッセージだった。


そして僕は素晴らしい週末を、
このちょっと情緒不安定で
美しい知能犯と過ごすことになった。


彼女は「愛すべき犯罪者」だったことになる。

(未校正 2013-8-22)

August 28, 2013

愚者は悩み、賢者は眠る

Bartland Russelの幸福論  Conquest of Happiness

『自分の関心を内へ内へ向けるのではなく、外界へと振り向けあらゆるあらゆる事に好奇心を抱く事。これこそが幸福の獲得条件であり、これは自己説得により可能になる』

高校の英語のリーダーテキストだった。この中で今でも憶えているフレーズがいくつかある。印象に残っているのは、かの知の巨人でさえコトナカレ主義の時があるのだということだった。まあ、我々凡人のそれとは次元が違うのだけれど。

「悩んだり行き詰まったらそのまま放っておけばいい。そうすると脳は自然に最も適切な方法を、捜して自ら結論を導き出すようになっているのだ。愚者は悩み、賢者は眠る」。

いくつかの人生の岐路
生きて行くという事は、
どちらの道を選ぶか
選択を迫られることだ。

右か左か?
楽な道か辛い道か?
真っすぐな道か
曲りくねっているか?

結論から言えば
迷ったら「困難な方」を選ぶ方がいい
さらに大きなチャンスを与えられたと
発想を転換してみるのだ

安易じゃない方法を
選んでいれば後悔しない
勝負しなければ
勝利はない

若いうちから、小賢しく
負けないように戦う方もあるが
セコい生き方は自分の首を絞める

そういうセコさは
ボクらのようなオッサン世代に
なってからでも
十分遅くない

いくら考えても解が見つからない場合には
ラッセル師曰く考えるだけ考えてあとは
「放っておけば」いいのだと教える。

学生時代の数学の問題
なかなか出てこない文章やフレーズ
諸事雑事の、いわゆる悩み事。。。etc.
目が醒めた時に、すっきりと
解決していることも何回となく経験した。

脳機能は多彩な問題解決能力があり、
眠っている間も思考しているのだ。

きっとあまり変わらない

今日が「この世の終わりの日」
だっだとしても

いつものように
朝日は昇り
時は時刻通りに流れ
地平線のかなたに
 希望の祈りを
  届けるだろう

鳥は空を飛び
 水に魚は躍り
花は咲き
 風に踊る

人は 懲りずに 
 愚かな間違いを犯し
清らかな子供達は
 まだ深い眠りに
  就いているはずだ

男も女も

怒りや
歓びや
失望や
歓喜の中で

辿り着けない
 道を歩みながら
緩やかな潮の満ち引きを
 繰り返して

特別な事もなく
変わった事もなく 
いつものように

最後の航海に出る
直前であったとしても
誰も何も
気づかない) 

今日が「世の中の終わりの日」
だっだとしても
ずっと、きっと
何も変らない

いつものように
朝日は昇り
 時は流れ
地平線のかなたに
 希望の祈りを
  届けるだろう

鳥は空を飛び
 水に魚は躍り
花は咲き
 風に踊る

人は 懲りずに 
 愚かな間違いを犯し
清らかな子供達は
 まだ深い眠りに
  就いているはずだ

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