March 31, 2008

どんより凹む年度末

今日は僕の属する組織全体の年度末の理事会。日々の様々な仕事関連の問題や悩みは尽きないけど、コレはだれでも同じ。いつもはできるだけオフの時間には考えないように、家への帰り道までに消化して飲み込むようにしてはいるんだけど、今晩はさすがに、どんより凹んだ。

自分達の進むべき方向に進むためには、先頭に立って潮の流れや風向きを読んで、それ(自分の判断)を信じて、ゆっくりと着実に進むしかない。船の舵取りは、右・左と自動車のステアリングみたいに鋭敏には反応しないから。つまり時間がかかる。そして、その「進むべき方向」が誤っていればそれは100%船長(つまり僕)の責任なわけだ。

ふー。でも、どんよりするのは今晩だけにしよう!と、思う。一所懸命頑張っているスタッフの前で、自信喪失して下を向いてばかりでは居られないので。明日にむけて、自分の立ち位置をもう一度確認して、今までのスタッフの努力が報われる日を信じて、ベストを尽く。このところの流れは悪くはないし、光明は少しずつ見えてきているから。・・・って、読んでいる人は全然わからんだろーな(笑)。ま、でもご心配なく、僕は元気です。今夜はメンタルには凹んだけど、この先の解決方法は解っているしフィジカルには万全だから。頑張れ!>オレ。

March 30, 2008

三崎めぐり

詳細はハックルブログにアップする予定だけど、今日はじょうじ君と三浦半島へ昼ごはんツアー。花冷えの一日で雨も降ってはいたけど、大満足の一日。こういう予定は成り行きで・・・という、まったりした小旅行(だな、たしかに結構時間がかかるから<笑)もリフレッシュになるし。三崎港で鮪を堪能してから温泉(海洋深層水温泉)の露天風呂で浮遊する至福の時間。ちょっと昭和的レトロな雰囲気もよかった。恒例の黒崎の鼻BBQは5月のGWに企画する予定。

March 29, 2008

逢魔が時

「おおまがどき」

陽が沈み徐々に暗さが増す時間。トワイライトゾーン。古今東西、悪霊やお化けの跋扈するのはこの時間帯といわれている。悪魔が鋭利な爪を研ぎながら、舌なめずりしている時間。事故や災難が多発する時間ということで、調べてみると「大(おお)禍(まが)時(どき)」が語源らしい。ふむ、ソノマンマだわな。でも僕は「逢魔が時」って言葉の響きに、悲劇とは全く違ったストーリーのイメージが湧く。

ジムでじっくり&のんびり泳いで、心地よい疲労感を感じながら、暗くなりかけた桜並木を歩いて自宅に戻る。その仄かな薄紅色の桜を下から眺めると、濃紺の青空が広がっている。その時がまさに、逢魔が時。桜の美しさは一番映えるのがこの時間なんじゃないか。
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って、↑↑↑の文章投稿してから、ふと昨年のアイテムをチェックしてみたら、はははっ、去年と今年はほぼ満開の日が一致していて(3月30日)、桜が一番美しいのは「逢魔が時」だって書いてるわ(爆)。進歩のないやつ>自分。

March 28, 2008

3月最終金曜日

最近は5時半過ぎに、ばしっと目覚めるんだけど、今朝はなぜか二度寝しちゃったみたいで(このところ疲れきっていたのかも)、のほほんと夢を見ていて気持ちよく目覚め、ふと気付いたら7時ちょっと前。どひゃーと飛び起きて忙しい一日が始まった。こんなことは若い頃はよくあったけれど最近では珍しい。

午前中の外来は超忙しいいつもの外来プラス緊急入院2件。その一人は26年医者をやっていて、診たことがないくらい珍しいケース。某医療センターのER(日本で有数のメディカルセンターなんだな、コレが)が、「こりゃ、ムリだわ、どっか別のところで緊急手術してもらってください!」ということで僕らのところにコンサルトされた患者。ひとつのストーリー(喜・悲劇)が書けるくらいドラマチックな展開で・・・ふふふ、あっさりと解決。これは学会に症例報告せねば。あ、でもフォトをとっておけばよかったな(後の祭り)。

回診を全速力で済ませてから、昼ごはんをかっ込んで、さとなおさんと打ち合わせをするべく電通@汐留へ。昔の電通は何回か行った事があったけど新しいビルは初めて。すげーな、さすが電通。浜離宮が箱庭みたいに見え、朝日新聞社屋がミニテュアに見え、国立がんセンターが犬小屋みたいに見える(爆)。36階のミーティングルームで打ち合わせ。忙しいのにごめんね、ありがとうございました>さとなおさん。

ミーティング終了後は即病院へ戻り、4時に救急入院予定の患者さんの対応&2件の救急対応。5時半から院内勉強会、7時半から医師会定期総会に理事として出席。会議中眠りそうになった(マジで<爆)。一旦病院に戻り病棟が落ち着いているのを確認してから帰宅。帰路、「時代屋」でキルケニーでクールダウン。梅田君曰く、ここ5年の統計では、3月の最終金曜日(つまり今晩)は一年で一番忙しい日なんだそうだ。確かに昨年も一昨年も、その前の年の金曜日にも「時代屋」に行っているわ(爆)。定期総会があるのが年度末の最終金曜日だから。忙しい時期なんだね。

March 27, 2008

黄昏

忙しい日々が続く。今日は研究日とはいうもの、昨日U先生にサブルーティンを頼まれて、今日は施設往診14件の雪谷大塚の有料老人ホームの人たちの診察に行った。カルテをみるとバックグラウンドはさまざま。現役時代の肩書きとか職業とかは全然関係ない。皆幸せで皆不幸。皆不幸で皆幸せ。人生の黄昏時は平等に来るんだね。でもそれが歳をとるってことなんだよね。

80-90歳の人生の大先輩達。魅力的なお年寄りとの出会い多数。一週間で1本の720mlの「いいちこ」を開けるおばあちゃん。回診の時には朝から飲んでしまって、結構べろべろ(爆)。かわいいんだよね。庭の花作りをしている90歳のおじいちゃん。すごくきれいなガーデンに感嘆する。すげーよ、じいちゃん。医学的には問題あるけど、僕はいいんじゃないかと思った。人生の黄昏時には、楽しいんでいい、と思った。

何十年前に見た映画Gold Pond(たしか邦題は「黄昏」)を思い出した。ヘンリー・フォンダとキャサリーン・ヘップバーンの渋い演技。


桜も開花。家のテラスのチューリップや水仙の蕾もぐんぐん膨らんでる。開花直前でパンパンになっている。その生命力とひたむきなエネルギーに素直に感激する。誰が教えたのでもなく、そのときを知り、一斉に花が咲くってすごいよなぁ。

面白いのは、早くから芽生えていたものが早く開花するというわけでもなく、芽生えは遅くとも途中でぐんぐん伸びたものに先をこされちゃうのもあれば、葉振りがいいのに蕾がまだ小さいのもある。「先発隊」みたいにちょっと先に咲いているのもあるし、逆に途中で諦めちゃってる(笑)みたいなのもある。その多様性みたいなものが人生模様みたいで面白い。

March 25, 2008

怒涛の一日

先週から今日の予定はびっしりってことは、わかっていたんだけど、予想以上の忙しさだった。なるべく「忙しいっ!」という、ぼやきとも嘆きともつかないことは、このブログに書かないようにしようとは思っているんだけど。文字通り、今日は分刻みスケジュールだった。

5時半すぎに起床、いつものルーティンの後、早めに仕事場へ。オフィスでペーパーワークと昨夜の報告を受けてから、週一回の定例朝礼でスピーチ。今日が本年度最後の朝礼なのだ。朝一番から予定手術2件。しっかり&すんなりと終了。その後の処置オーダーをしてから11時の面談1件。ご家族に容態の説明と今後の方針をお話しする。その後病棟中を走り回って、文字通りの「回診」。容態の思わしくない方の検査のチェックとオーダー数件。・・・てなことをしているうちに途中で緊急コールの連絡1件があり、緊急入院。救急車を迎え入れ、カテ入れ&救急処置をして入院オーダーを出す。12時40分、時間のあるときにゴハンということで、15分間で「親子とじうどん」をかっ込み、1時すぎに医師会へ車で向う。今日のイベント「防災訓練」はさすがにパス(身体はひとつしかないもんね)。バックアップの副院長と事務長&スタッフ、ご苦労様!。13時半から業者を交えて医師会館で委員会。僕はこの委員会の担当理事をしているのだ。報告事項と協議事項として10月のイベントの打ち合わせ。はじめに「今日は2時ぴったりに終わります!」と宣言して議長をする。打ち合わせは順調に進み、1時59分すぎ「あと予定の終了時刻(午後2時)まであと40秒ありますが、他に発言はありますか?」(もちろん冗談、でも出席者からは爆笑!)「あ、ないですね、ではこれで終了します。次回会議は6月です!じゃあ失礼!」と宣言し、唖然とする業者を尻目に、解散!(爆)。というのは午後2時15分から全身麻酔の手術が予定されていたのだ。車ですっ飛んで病院に帰り、2時10分すぎ。手術室へ直行。順調に麻酔科医が麻酔をかけてくれ、2時半執刀3時15分に予定通り無事終了。「予定通りの手術が問題なく、うまくいきました!」と手術室を出て家族にお伝えするのが、外科医にとって一番ほっとする時間。自分のオフィスに戻り、15分間目をとじて休むことにする。今日初めて「ゆっくり」でき、一瞬だけ眠って夢を見た気がした。3時40分からアポイントの面談1件、30分。その後は回診の続きと経過のチェック。4時半すぎに高校の先輩のドクターから緊急入院の連絡1件があるも、男性の重症観察ベッドが全然なく、残念ながら断ることになった。K先輩ごめんなさい。5時からの経営会議。今日は理事長と総局長も出席して本年度の総括会議。1時間みっちりと討議して本年度の総括と次年度の運営計画をスピーチする。会議終了後、休む暇もなく大学病院からの紹介のガン末期の緊急入院一件。この方は女性ベッドがあり入院の受け入れと処置を進める。ご家族と話を7時ぎりぎりまでして、処置とオーダーをして今晩の当直医に申し送りをしてから、タクシーに飛び乗り医師会理事会へ。15分間の移動中、10分くらい目を閉じて休息。眠ったふりをしているうちに本当に眠っちゃったみたいだ。そんな日に限って話好きなドライバーなんだもん(笑)。ごめんね、無視しちゃって。今日2回目の医師会会議。報告事項&協議事項&医政連の会議。とくに紛糾や議論もなく9時過ぎ終了。今日はテンション上がりっぱなしでクーリングが必要だったので、帰路「時代屋」で食事&お酒。郡司くんが気を利かせてかイーグルスをさりげなくかけてくれた。こういう気遣いが嬉しい。絶品ボンゴレ・ビアンコ。空腹でお酒でクーリングしながら食べるここのパスタは最高。千鳥足&へろへろで帰宅。テンションが高すぎてかみさん&娘達に訝しがられたけどさ(爆)。いい一日だった、と思う。

こういう一日を過ごせたことに僕は心から神様に感謝する。人のために自分を信じ、自分のために人を信じる。大きな失敗をすることなく、それぞれの瞬間に自分のベストを尽くせたのだから。人生の終わりに僕はこういう忙しくも充実した一日を「幸せな一日」として思い出すんだろうなって思った。

March 24, 2008

桜並木 in 2008

僕の家の前の桜並木の桜が開花して、昨日から今日にかけてどどっと増えた感じ。満開になるとそれは素晴しい風景。今年は今週末かな。この季節、この場所(日本)に居れる事の幸せ。「日本の春」。この時期、日本の老若男女がみんな「幸せ」を感じるんだよね。世界中でひとつの花の姿を愛でて、みんなで楽しむ国があるだろうか?予定調和的なものではあるけど、すごく素晴しいことだよな。

去年「春爛漫」という歌詞を書いたのは、4月第一週にあった大阪の学会からの帰り道だった。桜の散った道を歩きながら浮かんだイメージ。去年7月にじょうじ君が曲を作って完成。これは新しいCDに収録する予定です。

春爛漫 http://huckleberry.kiy.jp/HuckleberryFinn.php?itemid=558

March 23, 2008

パスタ・ボロネーゼ

昨日に引き続き気持ちのいい春の休日。午前中は原稿書きをしたりテラスの手入れなど。自宅前の桜並木を見ると開花している。テラスのチューリップや水仙もぐんぐん伸びてつぼみが膨らんでいる。花咲くその日のためにエネルギーを蓄えているみたいだ。それらを眺めているだけでなんだかわくわくうきうきした幸せな気分になる。自然は偉大だ。テラスの鉢植えの植え替えをいくつか済ませてからジムへ。今日のプールは何故かがらがらでレーンを独り占めして気持ちよく20本1000m。昨日の20kmウォーキングの影響でちょっと腰が張っていたけど泳いだらスッキリした感じ。遅めの昼食は久しぶりに一龍にて。

さて、今日の朝かみさんと三女と相談(長女次女はそれぞれ外出中)して、今夜はボロネーゼにすることにした。料理することが好きだ。料理はとてもクリエーティヴな作業だと思うし、その意味から僕はプロの料理人をレスペクトする。最近では料理本がいろいろあって、眺めるだけで楽しいので、いつのまにか僕の本棚にはかなりの数の料理本が並んでいる。それをぱらぱらとめくりながら、どんな料理するかをイメージするのも休日の楽しみ。基本的にはその日に自分が食べたい料理をするので、ある意味自分勝手。かみさんに言わせれば「あなたの道楽のひとつ」ということになる。まったく同感(爆)。

ボロネーズ(ラグー)のお手本は、西川治さんの「極意の料理」。いわゆる男の料理本の草分け的な本。西川さんはプロのカメラマンだけあって載っている写真がどれもおいしそう。レシピも和・洋・中のB級料理が中心ですごく参考になる。ここ10年来僕はここで紹介されている料理をお手本にしてきたので、本はボロボロ(笑)。西川治さんの本は「世界ぐるっと朝食紀行」(新潮社文庫)とかも面白い。

さて本題。今日のレシピ。西川師匠のレシピを僕なりに工夫したラグーの作り方。

①玉ねぎ2個、セロリ1本、にんじん2本、ピーマン2個、パセリ半束をフードプロセッサーで粗めにみじん切りにする。
②オリーブオイル大匙3杯でニンニク4片をみじん切りにしたものと輪切り唐辛子少々を、アーリオオーリオの要領でフライパンで炒めてから①を投入。さらにバター50g(好みで。僕は少なめ)を加え弱火で1時間飴色になるまでじっくり炒める。
③②にブロックベーコン150gを投入してさらに30分間くらい。ココからは強火で水気を抜く作業。中身はくたくた状態となったら、赤ワイン1/2ビン投入。今日はチリ産のソーヴィニオン・ブランの安いやつ(SUNRISE,850円)を使用して、焦げ目をこそぎ落とす作業を残りのワインを呑みながら(笑)。ここでも強火でアルコールを飛ばす。これもコツ。
④鍋(ル・クルーゼ22cm鍋)に移し変えて、ベイリーフ2枚を加える。淵や底に焦げ目ができるので、それをこまめにこそぎ落とす。コレがひとつのコツだと思う。
⑤ブイヨン(今日はマギーを使用)2個を溶いた水200mlを加えたら、最小の弱火でコトコト煮込む。
⑥③のフライパンにオリーブオイルとニンニクの粉末少々。そこに粗めに挽いてもらった牛肉挽肉400gを入れて焦げ目がつくくらいカリカリにいためる。そこにワインを加えてさらに「焦げ目のこそぎ落とし」作業。
⑦いい加減飽きたころ(笑、大体15分間くらい)になったら、⑥を⑤に投入。
⑧チャンキートマト1缶(今夜はデル・モンテ)とフレッシュトマト4個の乱切りを⑦に投入。ふふふ、この辺でラグーらしくなってくる。後はひたすらル・クルーゼの対流を信じて放って置く。たまになべ底を木へらですくって空気を入れる。約1時間。途中のビールとワインでかなりいい気分になる。
⑨味付けは塩胡椒、蜂蜜大匙4杯、牛乳50ml、トマトケチャップ少々、隠し味に濃口醤油を適量(これもコツか?)を加え、イタリアンパセリ(今夜は粉末)を散らす。実はこの段階でパクチー(香菜)をのせてみたら面白そうだなと思っていたのだけれど、かみさん&娘達がパクチー嫌いなのでやめることにする。その後は水分を抜くように弱火でひたすらコトコト煮込む。ブラウンマッシュルーム2箱(20個くらい)を投入し、おおよそ20分間で完成!
⑩今夜はスパゲッティで楽しみました。ペンネやきしめんみたいなパスタ(名前忘れた)もおいしい。

自分で書くのもナンだけど、今夜も絶品でした。⑪ちなみに鍋の半分は冷凍へ。後日このラグーを使ってラザニャを作ってもおいしいので。

総工程4時間ちょっと。大量に作るほうがおいしい!とは、西川師匠の言葉。彼の本ではこのレシピの倍量を作っているようだ。一般家庭では半分で十分だと思う。そんなに難しくなく満足いく味のラグーができるので、お試しあれ。ちゃんちゃん(^o^)

March 22, 2008

とっとこ歩く春の午後:その1

気持ちのいい春の日。午前中は仕事でいつもの忙しさ。専門医の更新書類を整理していたら1時半。予定より出る時間が遅くなってしまった。実は天気もいいので三浦半島方面にひとりでぶらり散歩して三崎漁港周辺のお店でランチをしようかな、と画策していたのだ。で、これは中止。それにしても、気持ちのいい気候。

ということで、自由が丘からたまプラーザの自宅まで歩いて帰ることにした。20Km弱。せっかく歩くんだからと、自分で決めた唯一のルールは、「立ち止まらない」こと。これが後に結構キツくなるわけだけど(笑)。

ご飯を食べて午後2時ぴったりに自由が丘駅を出発。早足ウォーキングでさくさく&るんるん進む。ゆっくりめのジョギングくらいのスピード。それにしても自由が丘という街はどんどん進化している。路地裏に新しい面白そうな&おいしそうなお店が出来ていたりして、新発見多数。さらに等々力通りを西に進み奥沢から、九品仏、等々力へと快調に向かう。ここら辺は土地勘ばっちり。等々力から左(西南)に曲がり等々力渓谷を掠めて住宅街を抜ける。さすが豪邸が多い。昔からわりと建物を見るのは好きなので、ユニークな家にしばし見とれる。

環八を渡り、玉川野毛町公園を通り抜ける。落ち着いたいい公園。いつも車で走っているけど中に入ったのは初めて。小さな子供を連れた親子連れやサッカーをしている小学生などがのんびりと楽しんでいる。しかし、この辺り(野毛)から先は全然土地勘なし。住宅街に歩いている人もいない。目の前に第三京浜があって、「これをどうやって越えるか?」という疑問がわく。以前に、自宅から二子玉川までウォーキングした時に、とんでもなく遠回りをしてしまい、酷い目に遭ったのだ。これから多摩川を渡り、川崎市を横断して横浜の自宅までたどり着かなければならない。大きな障害(というかメルクマール)は、①第三京浜、②国道246、③東急田園都市線、④JR登戸線、⑤東名。自分のイメージのなかで、これらの位置関係がいかにテキトーであるかを痛感、感覚だけで歩いていると、とんでもない方向に向かってしまう。

さらに!多摩川を渡ってからの川崎の道ってものすごくわかりにくい。ほとんどが昔からの道を広くしたようなもので、うねうねと蛇行したり突然なくなっちゃたりする。もうひとつの問題は、この辺りは丘陵地なのでアップダウンが多い。大体こっち方面かな・・・と坂道を登っていくと、先の下り道は全然予想した方向と違う方向に向かっていたりする。その意味ではトリッキー(そこが面白いんだけど<笑)。

さて、今日は春分の日のすぐ後だから、太陽は真西近くに沈む。僕は世田谷からは「西やや北」の横浜の自宅に向かうわけだから、つねに太陽を真正面やや左に見ていればそんなに大きな間違いはしないはず・・・。

しかし、その認識がとんでもなく甘かったことを、その後痛感したのでした(その2に続く)。

とっとこ歩く春の午後:その2

それにしても気持ちのいい午後。気温は体感15度くらいか?住宅街のくねくね道を多摩川方面に降りて、無事第三京浜の高架の下を通り過ぎる。丸子川沿いの「野毛櫻堤」ってココだったんだ!と感激しつつ膨らみ始めた櫻のつぼみを愛でる。人気(ひとけ)は皆無ですれ違う人もいない道を快調に進み、玉川高校を通り過ぎ、再開発工事中の二子玉川駅に午後3時ぴったりに到着。きっと近い将来この辺りもすごく変わるんだろうな。少し回り道したので今地図で計ってみると、出発した自由が丘から6キロ強くらい。つまり時速6K。

快調に早足ウォーキングをしたのでかなり汗をかいてしまい、コンビニで「ヘルシアウォーター」を買う。二子玉川駅を通り過ぎ(つまり東急田園都市線を越えて)、「二子橋」を歩き多摩川を渡って神奈川県に入る。橋を渡っていたら、仔馬くらいの大きさのグレート・デン(だっけ?)を連れているおじちゃん@自転車。あの大きさだったらも毎日の散歩は半端じゃないだろうな、と思う。僕のちょっと先を歩いていた白人の女の子の脇をそのワンコ&おじさんが通り過ぎる時、彼女が漫画的なアクションでのけ反っていた(爆)。多摩川河川敷ではBBQをしたり、スポーツをしたりする人たち多数。川を渡る風が心地よい。るんるん。

二子新地に入り急に道が細くなり、歩道がなくなって歩きにくくなる。「太陽を真正面やや左に見て進む」という大原則ですすむが、なにしろくねくねとした道がわかりにくいので、比較的大きな(といっても、ショボいけど交通量はある)「大山街道」(たぶん旧道)を進むことにする。以前の僕の失敗は、高津・溝の口から多摩川までの広大な住宅街の私道・公道の入り乱れた迷路に迷い込んでしまったことで、このときは完全に方向がわからなくなって途方にくれた。それはそれで脱出ゲームみたいで面白かったけど、真夏の迷路ゲームはかなり辛かった。さて、次の問題は国道246をどこで越えるか?ということ。当初の予想通り大山街道は溝の口駅の北で突然どん詰まり(?)となり、南北に走る広い道に出た。左(南)?右(北)?。左に回ったら太陽に背を向けるので、これは右っ!>>>正解。国道246が見えてきた。

246を渡り、下作延という地域を過ぎる。住宅街の中を流れる小さな川沿いの道を進む。この川、その昔住んでいた文京区の神田川の匂いがした。匂いというのは原風景を思い出させる。どうも北に北にむかっている感じで不安になる。もう後戻りはできないので、先に進むと「梶ヶ谷」方面に向かうという表示が。しかし、自分の思っている梶ヶ谷方向とは全く逆。むむむ。表示を信じるか、自分を信じるか?当然「表示」だよな、やっぱり(爆)。今、地図を見て確認してみると、実はこの時点ですでに梶ヶ谷は過ぎていたのだが、いつも電車に乗っていて溝の口のあとには梶ヶ谷って思い込んでしまっているので、リアルタイムでは感覚がずれるわけだ。で、10分くらいそのまま歩いていたら、太陽が自分の右にあることに気付く。やっぱり「逆」!ということで、右に入る道に進み方向修正。上作延にむかうまっすぐの比較的大きな通りにでてソレを進むことにする。この辺りで午後4時。

表示をみると「登戸」に向かう道のようだ。「ええっ!登戸?」へたすれば大きく迂回しながら多摩川方面に戻ってしまうんじゃないか?という新たな疑問(不安)がわいたけれど、そのうち見えてきた「神木本町」の表示で安心する。友人が住んでいて、僕と同じ方向ということで以前タクシーで彼と一緒に帰ってきた時に使った道だ。長い長いくだり坂(ゆうに2kmはある)を進むと、巨大な道路(東名)が見えてきた。神木本町の交差点を左に。太陽が真正面にある。つまり西だ。その先で東名をくくりぬける。

この辺りから、かなり歩くスピードが落ち始める。僕の場合には股関節から臀部にかけての張りと鈍痛がおこってくるのだ。それから両足の裏(指の付け根)が痛い。どうも軽いマメが出来ちゃったみたいだ。さて、進むべき方向もだいだい解ってきたし、そのゴールに向かって進んで行ったのだが・・・。(その3に続く)

とっとこ歩く春の午後:その3

ときどき、ムショウにただひたすら歩きたくなることがあるのだ。もちろん様々な要素が絡み合っていて、比較的時間があるという条件はもちろんあるんだけれど、精神的も身体的にも「余裕」があるとき。ただ、そこが一番大切なポイントなんだけれど、100%の余裕があるんじゃなくて、75%くらいの「余裕」と25%くらいの「非・余裕」の微妙なバランスのとれている時なんだな。

歩いているときには「何にも考えないように、いろいろと考えている」。具体的なひとつの事を一所懸命に系統的論理的に考えているんじゃなくて、漠然としたいくつかのことを同時に、かつ感覚的に考えているみたいだ。何をどう考えていたのかについては、感覚的なこと(観念?)ばかりで言語化することが非常に難しい。言葉にするとなんとなくウソになっちゃうというか、本質から離れて言葉が一人歩きをしてしまう気がする。それが将来書くかもしれないストーリーのプロットになったり、歌詞になったり・・・するんだろう。その意味では、大事なインプットの時間、ともいえる。

さて、神木本町から左に曲がり延々と続く、長い上り坂を進みながら、徐々に腰とお尻の筋肉の張りが辛いことを意識する。足の裏のマメも時間とともに一歩一歩進めるのが苦痛になってきた。それにしてもここまでで12Kmちょっと。このくらいのウォーキングで痛みや張りを感じ始めるなんて、情けない。でも、こういう痛みって面白いもので、痛みを感じつつも休まずに歩き続けると次第に「痛いんだけど気にならなくなってくる」のが不思議。とはいえ、歩き始めたころのスピードの半分くらいのスピードでとぼとぼ歩く。気を抜くと姿勢が猫背になって辛いので意識して姿勢を正して両手を振り進む。ヴィジュアル的にはほとんど「修行僧」の感じか?禿げてるし(爆)。

南平台を過ぎたあたりでは、ほとんど必死の形相で歩いていたんじゃないかな(笑)。ようやくたどり着いた坂のてっぺん辺りで突然、僕の目の前でバイクの女の子と乗用車が接触事故を起こし、びっくりする。女の子が転倒したのですぐに駆けつける(・・・つもりだったけど、へろへろで走れないのでよたよたと歩み寄る<爆)。ひざを擦りむいただけで、医者の出番なし。よかったよかった。

犬蔵へはただひたすら下り道。これも逆に膝ががくがくして辛かった。東名川崎インターを掠めて横浜市に入り、近所の勝手知ったる道を進んで、たまプラーザに到着。午後5時。回り道をいれて計16km。帰宅せずそのままジムへ直行し、クーリングもかねてプールで6本300mをゆーっくりと足をほとんど使わず泳ぐ。腰がのびて気持ちよかった。さすがにジャグジーでまったりしていたら、眠りそうになった。帰宅後のビールのおいしいこと!たまらん(^_^)

March 21, 2008

さっぷりめんとっ


健康状態はきわめて良好。お蔭様で今のところ特に問題はない。でも50歳も過ぎたし毎日のサプリメントを今年のお正月から変更してる。昨年まではマルチヴァイタミンのタブレットだけだったけど、写真のファンケルのものはパック詰めされていて便利。これを一日2パック。ビタミンB&C、E、カルシウム&マグネシウム、コエンザイムQ10、亜鉛ツイントース、ウコン、DHA。始めはこんなに一度に服用するのが面倒だったけど、今はなんとなく「いい感じ」。

つーか、サプリメントもいいけど、まずはビタミン「S」を控えビタミン「T」を止めなさいっ!ってか?
はいはい(爆)。

March 20, 2008

レコーディング@さくら

午前中から鼻がむずむず&掠れ声でどうなることかと心配しつつ、秘密基地「さくら」へ向かう。途中、二子玉川高島屋SCで「浪漫亭横浜」のカツサンドを買う。じょうじ君持参のポテトとイカめし、さくちゃんの生ハムとともに、皆で昼ごはんを食べてから、レコーディング開始。「北海道豆工房」の塩豆(以前僕が持ってきた)&ビールはその後エンドレスで続けつつ。

おお、そういえば、昨日Mちゃんから頂いた彼女作の素晴しい絵柄の描いてあるグラス(M模様とJ模様の特別パーソナル仕様)でビールを頂いた。感謝感激(^_^)v

「振り向いた場面」の僕のギターのパート、続いてボーカルを録音。最後にさくちゃんのチャイムを録って完成。この曲って大学2年の夏前に書いた曲なんだよね。作った本人がすっかり忘れていた曲だったんだけど、今回じょうじ君が、発掘というか思い出してくれて今度のCDに入れることになった。あらためて歌ってみると、あの時代の情景が浮かんでくる。歌そのものは舌足らずだし歌詞ももう少し変えようかなとも思ったのだけれど、何かを足しても引いても変わってしまう気がして、オリジナルバージョンで演ることにした。ちょっと鼻声っていうのも季節感があって(笑)よろしい。最後のパートはたぶん聴いた人が「ん?」と驚くサプライズもあって、面白い仕上がりになったね。ふふふ。

その後は一休みしてから「丘の上で想う事」のギターとパーカスの録音。これはもっと古くて確か高校1年くらいの曲なんじゃないかな?35年の時間を超えて蘇った(爆)。まあ、でも、ソンナコトが実現出来る僕らっていうのは幸せもんだ。録音終了後は1時間くらいHPBで練習して6時過ぎに解散。

おじさんたちの清く正しい休日の過ごし方(爆)。

春分の日

春分の日の休日。昼と夜が1:1。ここ1ヶ月位で確実に目覚める時間が早くなっている。サマータイムって日本でもやるべきだと昔から思っているんだけど。世の中のイロンナコトの効率がかなり良くなると思う。

昨夜は10年近く一緒に働いた人が転勤になるので、その慰労とその部門のリーダーの人達との意見交換を兼ねて、自由が丘「状元楼」で会食。http://www.jogen.co.jp/jiyuugaoka/index.html 横浜中華街にある上海料理店の支店。自由が丘の裏道にあって中華的ヨーロピアン・クラシック(笑)な内装が印象的。戦前の古きよき「上海租界」っていうのはあんな感じなのかねっ・・・て思った。現地には行った事ないけど(笑)。サイトでみると一番安いコースを頼んだみたいだけど、それなりに満足できる味だった。個室だったから周囲をあまり気にしないで話が出来るし。まあ、うん、今後も使えそうな店ではある。

さて今日の午後は、ハックル活動の予定。ひさしぶりのレコーディングの予定なんだけど、花粉症&風邪気味で鼻つまり&声が掠れてる。僕の歌のパートは録れないんじゃないか?ま、でも午後になると少しは声が出てくるので様子をみるしかないな。午前予定のプールは中止っ。とほほ

March 19, 2008

リンゴとトマトとバナナ

「リンゴとトマトとバナナ」仲間はずれはどーれ? という設問。幼稚園の入園試験でこんなのがある。20年前、娘達は3人ともその「お受験」をしたわけだけれど、当時から受験用の教室があってドリルをしたり模擬試験をしてたりした。そこで、上の質問。

トマトが正解。トマトは野菜、他の二つは果物 というのが理由。ふむ、野菜と果物の概念を問うているわけだ。大人は。

でも、これっておかしいよね。

答え:バナナ 他の二つは赤いけどバナナは黄色いから
答え:リンゴ 他の二つは同じ文字(ト と ナ)があるけど、リンゴはない。
答え:バナナ 他の二つは丸いけどバナナは細長いから
答え:バナナ 他の二つは皮を手で剥けないけど、バナナは剥ける
答え:トマト リンゴとバナナはおやつだけど、トマトはおかずだから
答え:バナナ 他の二つは女の子だから「ちゃん」だけど、バナナは男の子だから「くん」(爆)
・・・・いくらでも「仲間はずれ」は考えられる。そして、どれも「正解」だと思う。

元気にお友達と遊べればいいんだよな、幼稚園は。ま、親の試験という側面はあるだろうけど(笑)。

March 18, 2008

壮絶な人生に真正面に向かい合っている人

今日大阪から僕の病院に入院した21歳の男の子。これから目黒のマンションで独立して生活するべく、その準備をする目的で、僕の病院に来ることになった。17歳のときに起こった悲劇と自分に降りかかった不可避な厳しい「現実」を前にして、今まで何度となく自分の運命に絶望したことだろう。でも彼はその絶望の淵から悶え苦しみながら立ち直り、素晴しい「今」がある。想像を絶するような苦労をしているんだろう、と思う。さらにこれからも今まで以上に辛いことがあるかもしれないのに、東京に出てきて親から独立して、将来進学し自分の仕事をやるという夢を持っている。

本当に、すごい人だ。素晴しい人だ。

今日彼と出会って、僕と僕のスタッフは、僕らのできる限りのベストを尽くして、彼をサポートすることを約束した。そして僕は、世界中の八百万(やおよろず)の神様に彼の幸運を祈った。

おっと、いけねー

文章を書くこと自体は苦痛じゃないし、書くことで自分のアタマの中を整理することができるので、何でもいいから毎日1回はブログを更新しようと、ゆるゆるに思ってたんだけど、昨日はすっかり忘れていた。おっとっと。このところ「過去・現在・未来の社会を変えているのは(実は)女性なのだ(だったのだ)」っていうことを漠然と考えていたんだけど、その考察についてはテーマが大きいので、もうちょっと時間をかけてみるつもり。仮説と設問自体を熟成させること。なんというんだろう、単なるジェンダー論じゃなくて。

March 16, 2008

のんびり日曜日

今日は意識的になーんにも予定を入れず、のんびりまったり。午前はテラスの掃除&散水機の修理をしてから、テラスのチェアで読書。ムラカミハルキの「若い読者のための短編小説案内」を再読。「若く」はないけどさ(笑)。穏やかな日差しの下、気持ちのいい季節になったことを実感する。

11時に休日ルーティンのジムへ。途中からプールが混んできて、15本750mで上がる事にする。レーンの中で泳ぎもせずにおしゃべりしているオバサン達、はっきり言って迷惑なんだけど、ま、休日だからしゃーない。昼は「花楼香」で、海鮮湯麺セット。ここんちはランチだと前菜とデザート&飲み物がついていてリーズナブル。温室みたいなテラス席でビールを飲みながら読書の続き。

SCで買い物と立ち読みをしてから、美しが丘公園を散歩して帰宅。夕方音楽を聴きながら1時間くらいまどろんでしまった。夜は家族と「アクバル」でインド料理。

夜Youtubeを観ていたら、こんなの↓↓があった。これって隠し録りだろうな。



やっぱり、桑田さんってすごいわ。スガシカオmのオリジナルとは全く違った色が出てる。それにしても、Youtubeって著作権は大丈夫なのかね?って思いつつ、このログに貼り付けてるんだけど(爆)。

March 15, 2008

啓蟄

高校時代、漢文って結構好きだった科目。妹尾勇先生というユニークな教師だった。四書五経を憶えさせられたりしてね。ボロボロになった「漢文提要」というサブテキストは今でも本棚のどこか隅にあるはずだ。仙人の話とか儒教的な寓話とか、ストーリーとして面白くて興味を持った。とはいえ、好きだった割には勉強しないもんだからテストの得点はイマイチだったな(笑)。この歳になってみると、何故10代のあの時期に古文とか漢文を勉強するのか?という意義・意味が少しはわかる気がする。

「教養」という言葉には、なんだか鼻持ちならないスノッブなニュアンスと雰囲気があるんだけど、本来は人生を豊かにするための「知的基礎体力」みたいなもんだと思う。うまくいえないけど。だから、あの年代に日本人・東洋人としてのアイデンティティを学習することの意義があるのだ。昔の人にはその「教養の背骨」がしっかりと身についていて、思考や思想がブレなかった(逆に言えば柔軟性がなかった)気がする。「立派な日本人」像は、確かにかの時代(明治・大正・昭和)には存在してた。その「日本人としての知的基礎体力」が今の現役世代(もちろん我々も含めて、だけれど)に欠如しているのは、ちょっとマズイ気がする。将来的にはもっとマズいことになるんじゃないか?

そんなに大それたことじゃなくても、僕自身もっと勉強しとけばよかったな。ま、今からでも遅くはないんだけど(笑)。そういえば、元首相で60歳でスパッと政界を引退して今は陶芸家をやっている細川護熙さんは本物の趣味人で、漢詩や古文に造詣が深く彼のエッセイを読むと、この爺さん只者じゃない、すごい!と感嘆する。まあ、殿様だから出来ることなのかもしれないけどカッコいいんだな。あの人が首相をやっていたんだから、日本も捨てたもんじゃないって気になる。

で、そんなことをつらつら考えることになったのは、暖かい午後の日差しを浴びながら進む田園都市線の電車の中。虫達が地面から這い出すこの時期、「けいちつ」ってどんな字だったけな?なんてね。「ちつ」がわからない。仕事柄、別の字はすぐ浮かぶんだけど(爆)。ジムから帰宅してビールを飲みながら、さっそく検索。

以下Wikipediaより引用==============
啓蟄(けいちつ)は二十四節気の1つ。3月6日ごろ。および、この日から春分までの期間。太陽黄経が345度のときで、大地が暖まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころ。二月節。暦便覧には「陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり」と記されている。柳の若芽が芽吹き、ふきのとうの花が咲く頃。(後略)
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ふむふむ。

March 14, 2008

ほへ、金曜日

特別なイベントがあったわけでなく、それなりに忙しく毎日を過ごしているうちに・・・、ほへ、もう金曜日夜なんだ。ごく普通のごく平穏な毎日っていうのは、脳の皺の中にひっそりと刻み込まれるようなものなんだろう。振幅の幅が一定で安定しまっすぐ前に進んでいるときには、時間の流れさえ意識しないんだ。

「誰でもピカソ」という番組に応援しているコラアゲンはいごうまん君が出演。彼の芸は今の「瞬間芸」中心のTV向きじゃないのは、本人はもちろんのこと、制作サイドも十分わかっていたハズなんだよね。そこに敢えて彼を持ってきたので、かなりドキドキして観た。自分の芸が披露できず、出演に尽力してくれた人達のことを思って泣いちゃったコラアゲン君の人柄がそのまんま放映されていて、ジーンとした。

場さえあれば売れるんだろうけどなぁ・・・。厳しい世界だよね、お笑い業界.
近いうちにライブを企画したいね。巣鴨・駒込周辺で

March 13, 2008

肩書き、属性、職業

10年先輩の人達が今年たくさん定年退職する。
若い頃、結構お世話になった世代。
今でも元気で若いんだよね>全共闘世代。

これからどんな老人になっていくんだろう?

ある意味、自分が老人になった時のシミュレーションになるかな(笑)。
今日は研究日。仕事帰りにジムに寄って軽めに10本500m。

March 12, 2008

んなコト言われてもなぁ・・・

とぼやいても仕方ないっていうことが、この仕事(本業)では、しばしばある。口には出さないけどね(笑)、プロだから。

パーソナリティ障害の人って結構いるのだ。周囲を常に混乱させる、いわゆる「困った人」。仕事柄、様々なタイプの人と話すわけだけど、このテの人たちにとって「すべての主語は自分」なのだ。何が起こってもどんな事態になっても、自分中心にしか考えない(考えられない)。すべて人のせい。一見してはわからないので、表面的な社会生活はなんとかできているけど、結局友達は離れて行き、家族からも見放されるので孤独。で、本人はその孤独は「すべて人のせい」だと堅く信じているから、余計に困る。

そういう人も、当然頭が痛くなったりお腹が痛くなったりするので病院に来るわけだ。で、今日の話は普通だったら問題というかトラブルともいえないような(こちらは全く問題ない)コトなんだけど、本人の話が100万倍くらい増幅されるので、周囲が振り回されてしまい、僕の登場となったわけ。トラブルバスターとして。じっくりと話を聞いて。「対策を一緒に考える」というスタンスまで話を持っていくまでに相当な時間がかかって、最後はなんとか笑顔で帰ってもらったけど、どっーーーと疲れた。

この人格障害というのは病気なんだけど、本人がその意識がないのが一番問題なんだよな。ちょっと変った人くらいにしか見えないので、言葉が悪いけど「野放し」になっている。僕の場合仕事だからしょうがないけど、プライベートでは絶対に近寄ってはいけない人たち。

March 11, 2008

Excuse us behind you!

子供連れで狭いところの人の後ろを通る時など、「ごめんね、ちょっと後ろを失礼」ってニュアンス。初めにコレを聞いたときに、なーるほど!と感嘆したんだよね。「後ろにいる僕ら」が「失礼!」ってことなんだよね。日本語と英語の違い。

ちなみに、このbehindという言葉にはアメリカでもニュージーランドでも悩ませられた。ほとんどの場合、あまりいい意味じゃないんだけど、日本語の「あ・うん」の呼吸の感じを英語で言葉にする時に、よく使う表現。

I'm so behind! 仕事が溜まってテンパってるんだ!

I know the guy is behind this again. またアイツの仕業だ(僕は知ってるよってニュアンス)

There is a bit of a story behind this. この話にはウラがあるんだよね、実は。

今夜は応援しているワハハ本舗のコラアゲンはいごうまん君が「草野キッド」に出演予定。自分のことのように嬉しい。

I hope he's gotta something good BEHIND this!(これはいい意味でね。アメリカ南部訛り)

おめでとう、コラアゲン。頑張ってね!

March 10, 2008

物理的メモリーの中の人生

おぎゃーと生まれたときから、親が画像をビデオを撮影していて、その人の人生で起こった出来事を克明に記録していたとする。毎日データベースを画像や動画や音声やテクストとして残してゆく。実際出来るかどうかは別問題だけど、テクニカルには今の技術を持ってすればで十分可能だ。今後ITがさらに進めば、ごく自然に無理なく記録できるようになるだろう。その子供達が育って、自分で記録が出来るようになり、今度は親から引き継いで毎日毎日自分の経験したこと、学んだこと、感動したこと、楽しかったこと、哀しかったこと、怒ったこと・・・等々を記録する、とする。小児期・思春期(冬)>青年期(春)>中壮年期(夏)>老年期(そして秋)・・・。死ぬまで毎日毎日。60秒・24時間・365日。つまり、自分の人生を「物理的メモリー」の中に記録するのだ。その時代の人達にはどんなドラマがあるんだろう?・・・というのが今日の空想&妄想。ジムで泳いだ後、サウナに入っているときに閃いた。

プロット1:
男と女が出会って恋愛関係になった。結婚を考えた二人は、お互いのことをもっと知りたくて、それぞれの今まで歩んできた人生の「物理的メモリー」を開けるための「暗証番号」を交換する。そして・・・相手の「一番お気に入りのメモリー」を閲覧した二人は・・・?そのセグメントの中で、ふたりが選んだのは偶然にも「昨日と一昨日のデータ」。唖然とする男と女。喜悲劇&どんでん返しの結末。

プロット2:
どうしても消したい(忘れたい)過去の出来事というのは誰にでもある。とんでもなく恥ずかしい体験や、涙さえ出ないくらい哀しい出来事etc. しかし、そのデータベースは国家が管理していて、自分の一存では改変できないことになっている。犯罪者のその男には、どうしても消し去らなくてはいけないメモリーがあった。その男の消したい過去とは?そしてその顛末は?

プロット3:
死を前にしたその女にとって、自分の人生の「楽しかった場面」を繰り返し眺めるのが唯一の楽しみだった。しかし、そのプログラムには「ある仕掛け」があった。最後の場面に女が観たものは?

プロット4:
それぞれが持っている「人生記録メモリー」を希望通り変更するプログラムを基にしたビジネスを発明した企業があった。しかし、その企業にとって最大の問題は・・・?対象とする顧客のプロファイル。究極のビジネスモデルの行く末は??

プロット5:
生年月日の同じ二人の男がいた。大金持ちなのに孤独で不幸せな男と、ホームレスだけど酔い友達に囲まれて幸せな男。「メモリー」の暗証番号が酷似していて、たまたまその二人が同時にアクセスしてしまった。コンピュータのバグが数億万分の一の偶然を起こした。二人の人生の分岐点にあった共通のメモリーとは?

プロット6:
美しく生まれた女。小さい頃から可愛い、美しいとチヤホヤされて育った。今はトップモデルとして世界中を飛び回る。しかし、彼女にはどうしても消してしまいたい「あるメモリー」があった。そのメモリーとは?そして彼女は・・・。

ははは、いくらでも出てくるぞ。ひさしぶりに面白いネタ。SFの短編集で、ありそうな設定ではあるな。あとはどれだけ書き込めるか、しばらくは遊べそうなネタ設定。

でも、よく考えてみると、想い出は曖昧で自分勝手なものだからこそ、人は人生を進んでいけるものなんだよね。画像や動画や音声できっちりと記録されている「物理的メモリー」という設定は、それが現実ならばタマランわけ。だからこそ、小説的に文学的に面白いんじゃないかな。

ぼちぼち書いてみよう、かな。

March 9, 2008

振り向いた場面

ちょっと久しぶりのHPB練習@駒込さくら。夕暮れ時の部屋でHPBの世界を浮遊する・・・至福の時だね。今日練習したのは、「振り向いた場面」と「夏の終わりに」。

「振り向いた場面」は、大学1年くらいに書いた歌で、ル・ジタンのライブでソロで歌った曲。今歌うとちょっとハズかしいんだけど、あの歌を書いた場面を、かなりリアルに思い出せるっていうのが、面白い。だはっ。

「夏の終わりに」は、むつらぼしさんのサイトにあった詩から僕がインスピレーションを感じて書いた詩にじょうじ君が曲を付けてくれてて出来た歌。実は僕が勝手に誤解していて、むつらさんの初孫のスバル君の誕生日プレゼントを買って帰る道で突然やってきた夕立の気持ちいい情景って思い込んじゃったんだよね。ま、それはそれでいいんじゃないかな(笑)。爽やかで気持ちのいい曲になったね。じょうじ君の一人レコーディングはもう完成していて、新しいCDに入る予定。

夕食は巣鴨「茶花(ちゃばな)」。ミャンマー料理ということだけど、いわゆるエイジアン・エスニック・バー。こじんまりしていて居心地のいいお店だった。

March 8, 2008

スタイリストいねーか?

5月に1500人くらいの規模の学会の学会長を務めることになっていて、その準備をしつつある。ふと当日はどんな格好するかな・・・と。いつもはネイビーブレザー&ズボンの僕としては「ふつうの真面目バージョン」で出席するんだけど、今回は学会長としてスピーチもあるし、いろんな来賓の人達(市長とか政治家)にも挨拶しなくちゃいけない、ということで、不本意ながら「無難にスーツ」ということにしようと思った。本当はジーンズにジャケット&タイでやりたいんだけど、そんな勇気はないので。

春夏もののスーツ数年前に衝動買いしたBossのがあるが、ほとんど着る機会がなくて、先日出してみたらイマイチ。そもそも今風のヨーロピアン系のスーツは似合わないんだよな。あと10cm足が長くなくちゃムリ(爆)。以前にも書いたけど、そもそもスーツはあまり着ないので、これから仕立てるのはもったいない。イージーオーダーでもいいや、ということで、今日の午後は二子玉川高島屋SCへ。

ユナイテット・アローズ、ポール・スチアート、ビームス、バナナ・リパブリックなどを回遊。自分のイメージとしては、どーせあまり着ないスーツなんだから、ブラックかネイビーのピンストライプで、ばりばりビジネスマン風って感じだったんだけど、いろいろ見ているうちに、ぐらぐらと揺らぐ。明るい色でカジュアル系の軽めの麻の入っているジャケット&パンツでもありかも?とか、明るめのグレーのスーツもありか?とか、店員さんと話している内に、訳がわからなくなってしまった(笑)。どれも欲しい感じが一瞬はするんだけど、逆に言えば、どれもそんなに欲しくないって気がしてきた。本当、優柔不断なヤツだ>自分。

で、結局はブルックス・ブラザーズで、すごくコンサバティヴなブラックのスーツを買ってしまった。今までの悩んだ時間はなんだったの?って感じ。今回のスーツの形自体は、ごく普通なんだけど黒の生地がユニーク(ブルックスとしては)。店員さんのアドヴァイスで、自分ではまず選ばないであろう柄と色のシャツとタイ&ポケットチーフをオトナ買い(笑)した。結構な散財をしちゃった。ま、たまにはいいでしょ。

自分のスタイルとか服の好みっていうのは、そう簡単には変えられないものなんだね。今度からは、基本方針と予算を伝えて、「あとは任せる」って誰かセンスのいい人に頼んじゃえればいいな。そんなスタイリストさんいないかな?かみさんはダメ、絶対に喧嘩になっちゃうから(笑)。え?娘達?ううむ、これも却下。選んでもらうのはいいけど、何か他のものを買わされて高く付きそう(爆)

March 7, 2008

Y先生最終講義&看護学校謝恩会

医局の10年先輩のY先生の最終講義。日本の場合、大学医学部を卒業してから医局に入局して研修するわけだが、僕もご他聞にもれず医局に入り厳しい外科の研修医生活を過ごした。その2年間は病院に文字通り住んでいた。プライベートがほとんどない生活。昼と夜の感覚さえなくなる地獄の2年間。よく頑張ったよな>自分。その時期にずいぶん彼にはお世話になった。厳しい指導で有名だったけど、医師としてのイロハの多くは彼から教わったと思う。

その後は僕はアメリカに行き、帰国してからは神奈川こども医療センターに4年、大学に戻ってすぐにニュージーランドへ・・・と流転の生活。専門分野はほとんど大学以外の「学外」で学んだ。帰国してから日本の大学病院のシステムに(ある意味)失望して医局を辞めたので、医局のボスが自分の師匠という意識はあまりないけど、大学にいた頃、つまり医者としての原点を指導してくれたY先生の存在は大きかったんだなあ、と今日の最終講義に出席して思った。60歳の定年で大学を去る彼だけれど、まだまだ現役の外科医として頑張ってほしいと思った。

その後は浦和へ向かい、看護学校の謝恩会へ。講義を担当していることと、卒業生3人がウチの病院に就職するので招待されたのだ。厳しい試験と実習を乗り越えて卒業する彼らの晴れ姿。今年の3人も素晴しい若者達。彼らの制作したDVDを観ていたら涙が出そうになった。最近涙腺がゆるくなってるんだよな(笑)。よおし、Y先生が僕を一人前にしてくれたように、彼らを一人前にしてあげるからねっ・・・て思った。

その3人、ウチの長女の加南子と同い年か1歳年下なの!お父さんの歳を聞いたら僕より若い(爆)。
娘みたいなもんだ。責任あるよな。

March 6, 2008

その空間と時間

今朝はちょっと早めに職場へ。ロケ現場に立ち会う。短い時間のドラマ場面とはいうものの、大変なんだね実際の現場は。リハ>修正>再度リハ>画面をチェック>本番>。。。と細切れに少しづつ作りこんでいく。医者役の役者さんのことを「先生(僕)よりずっと医者らしいですぅ・・・」なんてスタッフに言われて、皆で大爆笑した。実は8時すぎには(本物の<笑)患者さんが来院しはじめるので、約束の時間通りに終了するかハラハラしていたのだが、さすがプロ。きっちりと8時半には撤収終了してくれた。

お疲れ様でした。

午後は研究日。新宿の万世で「ダブル排骨大盛り」をがっつり。明大前のいつもの店でまったりと本を読んでいたら、突然イメージがわいた。年に何回かしかないんだけど、その空間を浮遊する気持ちいい感覚を自覚した。でも、問題はその感覚は一瞬にして消えちゃうことなんだ(爆)。ま、でも、この感覚は大切にしたい、と思う。

仕事帰りにジムで10本500m。これも、いい感じ。

March 5, 2008

ザ・世界仰天ニュースだって

昨年くらいから花粉症が出てきた。花粉抗原の曝露が、ある一定の量(閾値)を越えると花粉症の症状が出てくるということになっている。ま、ふつーに迷惑な状況。正直に言えば、くしゃみそのものは快感なんだけど、それが頻繁になると鬱陶しいんだよな。眼も痒いし。病気といえないくらいのもんだけど、僕は点眼薬と鼻腔洗浄で対処している。鼻つまりには、鼻腔拡張テープが非常に効果的で連日愛用している。慣れるまでちょっと辛いんだけど、慣れると手放せなくなる。

コレを発明した人の発想は素晴しいです、ほんと。

明日は、朝6時半から「ザ・世界仰天ニュース」のロケがある。場所貸しだけだけど、一応責任者としては現場に立ち会わなければいけないだろうな。SMAPの中居君&鶴瓶師匠のやっているこの番組、結構視聴率が高いらしい。知らなかったけど(爆)。放映は3月19日の予定とのこと。ある意味、ちょっと楽しみ。

March 4, 2008

佃煮再認識

先日一緒に飲んだS君の奥さんが秋田の八郎潟の出身で、そこで作っている佃煮(佐藤徳太郎商店)を頂いた。これが絶品。なんというか、いままで僕が食べていたしょうゆ味が濃くて、だら甘い「いわゆる佃煮」とは全然違う。ワカサギがカラリと炭火焼きされていて、気持ちのいい仄かな甘さがある。シラウオはほんわかとやわらかく煮てあって胡桃の食感もおいしいし(「うたせ舟」と呼ぶらしい)、ばりばり&カリカリといくらでも食べられちゃう感じ。これはすごいわ、驚いた。ホカホカのご飯と、おいしい漬物と、お味噌汁があれば、もうそれだけで十分満足できる晩御飯。佃煮って、あれば食べるって程度で特別好きってほどじゃなかったんだけど、僕の認識不足でした。ごめんね、佃煮の神様(爆)。

できるだけ泳ぐようになって、ここ1年くらい家で食べる晩御飯は意識して軽くしているのだけれど、今夜みたいなご飯だったら、肉も魚も要らないって思った。若い頃から比べれば、大変化だわな。お酒を飲んだ後のラーメンやお茶漬けも止めてるし(笑)。

March 3, 2008

雛まつり

3月3日、桃の節句。女の子を持つ親たちが、娘の成長を祈ってお祝いをする日。

こういう日本古来の風習はしっかりと継承するべきなんだけど・・・。家の3人娘が小さかったときには、それぞれの雛人形を飾ってお祝いをしたもんだけど、最近では雛人形を全員分出すことがなくなってしまった。親の怠慢か(笑)。

それぞれが嫁ぐ時に雛人形を持っていくんだろうなーって、漠然と思ったりして。わりと平気で送り出せる自信はあるんだけどな。
早くいい相手見つけて、とっとと出てってね>3人娘達(爆)。

March 2, 2008

開設11周年

早いもんだ。昨日3月1日は僕の病院の開設記念日。今日から12年目に突入したわけだ。11年前、何もわからず無我夢中で始まったんだ。毎日毎日、不安を感じる気持ちの余裕さえなく走り続けた。当時僕は40歳になりたてで、若かった、と思う。週に2-3回当直していたし、立ち上げの大変さは体力的にはキツかったけど、日々の仕事を全然苦労とは思わなかった。本当に、ついこの前のことのような気がするんだけど。自分の足跡を振り返り、今の立ち位置で見渡してみる。今まで大きなトラブルもなく、ここまで進んでこれたのはスタッフと周囲の人達に恵まれたからなんだよな、有難いもんだ。

しみじみ。

午前はペーパーワーク。昼はたまプラのDexee Dinerのテラスでタコ・ライス&レモンティーで読書。陽光は確実にやさしさを増してきてる。冬から春にかけての微妙な境界線を越えたのを実感する。そういえば、今朝うちのテラスのチューリップと水仙の芽がぐんぐん伸びてた。午後はレーン独り占めで20本をきっちり泳ぐ。花粉症で鼻が詰まっていて苦しかった。今年の花粉はすごそうだ。ふー。

痛いくらいに辛いけどおいしい

ハックル・ブログにも書いたけど、昨夜はじょうじ君と神保町(小川町)の「川菜館」を再訪。「沸騰魚」は期待通りのインパクトだった。何層もある辛さの波状攻撃。痛いくらいに辛いけどおいしい。辛さで味がわからなくなってしまう料理も結構あるけど、辛さとおいしさのぎりぎりのバランスがとれているってことなんだろうな。ふむふむと、大満足で帰宅。結構呑んで食べていたので、早めにベッドに向かうが・・・深夜に喉が渇いて2回くらい目が醒めてしまった。いつも爆睡の僕としては途中覚醒は非常に珍しい。あきらかに激辛四川料理の影響でしょう。

昨日じょうじ君が去年の銀座TACTのライブ映像(かおる姫が撮影してくれていたもの)を持ってきてくれた。音がイマイチなのは仕方ないけど、良く撮れているね。なんだか遠い昔の出来事みたいなんだけど、映像を見るとそのときの記憶が蘇ってくる。それにしても、僕ってライブではいつもあんなにピョンピョンと飛び跳ねてるんだろうか?

くはー、恥ずかしっ。今度から(少し)気をつけようっと(笑)。