January 24, 2010

いつでもどこでもつながる世界

イギリスにいるさとちゃんとSkypeでテレビ電話。ずいぶん向こうでの生活に慣れてエンジョイしているようだ。ロンドンへの一人旅を画策中との事。僕も久しぶりにイギリスに行きたくなった。マークとナタリーのとこに男の子(ジェイコブくん)が生まれたとのこと。目出たい目出たい。彼のJapanese dadとしてはお祝いに行かねばなるまい(笑)

それにしても、今の時代。携帯電話は持っているし、インターネットでいつでもどこでも繋がって、様々なリアルタイムの情報収集が簡単にできる。昔の留学生活からしてみれば夢みたいな状況だ。「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも・・・」なんて嘆いていた、阿倍 仲麻呂の遣唐使の時代とはもちろん違う(笑)けど、ここ20年位の変化というものは、確実に個人生活の意識を変えた。

僕らは歴史的に見て、もの凄いパラダイムの転換期に生きているんだなと、つくづく思う。さとちゃんが生まれたのが1990年の頃には、僕はせっせとニフティ−サーブのパソコン通信でメールとかフォーラムをやってた。彼女の生まれた年というのが、まさに日本の社会の情報の流れが変わり始めた黎明期。そして4月から彼女の行くSFCも新設されてから20年目ということで、その意味でも偶然とはいえ象徴的だと思う。

電車に乗っているとそのスピートと移動距離がリアルタイムで客観的に実感できないのだ。電車の外からちょっと俯瞰的に見てみると「どっひゃー!」みたいに驚く感じ。この地球規模の「繋がり感覚」みたいなものについては、さらにさらに考察の余地ありだと思う。インターネットの普及前と後の両方を知っている僕らの世代には、それを考える義務があると思うし。Google EarthとかStreet viewの発想って、その意味で実は必然的な「インフラ」だったのだ!と今気付いた。そのインフラ(もちろんEarthだけじゃなく、さまざまな発想のアプリ)を抑えたGoogleの時代がここ当分は続くと思う。