助けあいジャパン

July 31, 2011

波間に揺れながら:今年第二弾


先週末に引き続き、斎田キャプテンのハミングバードII号でクルージングにお誘い頂いた。斎田夫妻、高山さん、小西先生(心臓外科医、62歳の現役フルマラソンランナー)、中村先生(消化器内科医、水中カメラマンのプロ)、それから、僕。お二人とも魅力的でユーモア溢れるキャラクターですぐに打ち解ける。家からはかなPとさとちゃんが参加。今日は、快晴とは言えないあいにくの天候ではあったけれど、さすがに湘南房総を知り尽くした彼らの判断は素晴らしい。風向きから千葉保田方面に進路を変更して、東京湾を横断して去年連れて行ってもらった保田の浮島周辺でシュノーケリング。気温は凌ぎやすく陽射しもピーカンでないので、キツくない。波も意外に静かで、先週と同様に気持ちよく波間に漂う。その後は保田「ばんや」で大満足のいつもの漁師料理。大人気店。金目鯛の唐揚げ、烏賊のかき揚げ天ぷら、近海物の刺し身盛り合わせ&寿司、いくら丼、などなど。大満足で出航して午後からは金谷沖の漁場へ。ここで釣り大会を楽しむ。帰路、三浦半島の西側に回ったあたりから雨が落ち出した。海上を進むクルーザーにとって雨というのは余り気にならなかったけれど、上陸したら結構雨が降っていた。今日も一所懸命遊んだので一日があっという間で夢の中の出来事みたいな感覚だった。熱いシャワーですっきりしてから、斎田家の秋谷の新しいマンションへ。素晴らしいロケーションとドラマのセットかモデルルームみたいなおシャレな内装だった。居心地のいい空間でのセカンドパーティも楽しい会話とおいしい食事であっという間に20時。がらがらの道路を飛ばして帰宅。
最高に気持ちのいい週末を有り難う!>キャプテン!

July 30, 2011

Life as we know it

午後から、たまプラーザでK先生に「お任せ」で歯科治療。ほぼ10年ぶりくらいか。今回、ちょっと集中して治療することにした。近い将来には本格的なインプラントが必要なのだけれど、それまでにいくつかの問題を解決する必要があるらしい。まな板の上の鯉状態で1時間。その足で隣のジムに直行して10本500m。このところ右肩の違和感(上腕二頭筋の近位付着部)があり軽めにしておく。夜ご飯は家族で宮崎台の「北京」へ。先週末教えてもらって家族で再訪した。ココんちの餃子と担々麺は絶品。

夜はDVDレンタルでLife as we know it (邦題「かぞくはじめました」)。娘たちが借りてきてみていたので、僕も期待しないで観始めたら結構ハマってしまった。舞台はアトランタ(懐かしい!)。親友の夫婦が突然一人娘の赤ちゃんを遺して交通事故で死んでしまう。死んだ彼らの遺言状で親権を託された男女の物語。こんな同居生活ってあるんだろうか。まず家族ごっこを初めて次第に本当の家族になっていく。家族、恋愛、友人、親戚、近所付き合い、セックス、離婚、ゲイの夫婦など、今のアメリカの姿が垣間見えた。ハッピーエンドはお約束だとしても、コメディとしても上質で週末夜にソファーでぐだぐだしながら観るには最適の映画。映画のオリジナルタイトルが暗示的。これは好きだな☆☆☆。

July 29, 2011

納涼会2011

職場の納涼会@Palms Cafe自由が丘。
初めからユルユルで楽しい時間。こんな場にはいんちょは不要だ(笑)

いつも思うのだけれど、このフランクな雰囲気は、この職場に集った多くのすばらしいキャラによるものだ。その意味で、今僕はスゴく恵まれていると思う。とはいえ、過去にはソレなりにいろいろとあったこともあるのだけれどね。

今年は311があって、いつの間にか夏になってしまい、その時の流れには例年以上に驚嘆する。2011年は忘れられない年として皆の記憶に残る年になるのだろう。これから暮れに向かって、さらに時間の流れが加速するだろう。

ほろ酔い気分でたまプラに戻り、「汐のや」にて〆ラーメン。ダイエット中だけれど気分よく酔っぱらい、今晩は「ま、いいか!」とする。さて、今週末もてんこ盛りスケジュール。夏本番。

July 28, 2011

浮き世の柵を整理するための一歩

54歳ということで、来月が命保険の切り換えのデッドライン。娘たちの子育てもほぼ終了し、今僕が突然死んだとしても自宅のローン補償の保険があるので心配なくなっている。つまり今までかけていた保険の意味は殆どなくなっている訳だ。次の契約更改までの10年間をどう考えるか?ということ。自分が死んだ時の葬式代(笑)くらいの基礎部分が維持できていれば、まあいいかな・・・と考えるに至った。あと掛け捨ての医療特約かな。保険というのは、ある意味自分の値段を客観的に評価することなのだ。ふと立ち止まって自分の人生について考えるきっかけというか。日本生命のFPは優秀だし親身になって相談に乗ってくれていろいろと学んだ。本当に保険というのは難しい。今さらながら「へーー」とか「ほほう!」という発見がある。これほど長期間かなりのお金を支払う商品なのに、そこまで自分の保険の内容を把握している人は少ないんだろうな。

平成11年からずーーと気になっていた一件があって、今回の生命保険の切り換えを機会に一気に事態が進展しはじめた。これも今年の年回りなんだろうか?干支一回りという不思議な縁というか。そんなこんなで、今日はモロモロの柵とここ12年間の苦労と悩みに対して、ぐぐぐっと色んなプロセスが進んだかな。ここら辺ですっきりとすればいいなあ・・・としみじみ思った。

July 27, 2011

本棚をみれば人がわかるか?



7-27-2011の本棚(右上中段2列目)
夢をつかむイチロー262のメッセージ
ダブル・ファンタジー(村山由佳)
東京奇譚集(村上春樹)
市場原理が医療を滅ぼす(李啓充)
プロフェッショナルマネージャー(ハロルド・ジェニーン)
味覚三昧(辻嘉一)
海馬(池谷裕二、糸井重里)
探検する英和辞典
編集者という病い(見城徹)
日本辺境論(内田樹)
スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン
お艦の味(海上自衛隊)
宇宙飛行士選抜試験(大鐘良一)
やせれば美人(高橋秀実)
からくり民主主義(同上)
お金をちゃんと考えることから逃げ回っていたぼくらへ(邱永漢、糸井重里)
ご先祖様はどちらさま(高橋秀実)
極楽おいしい二泊三日(さとなお)
中国とこれからの正義の話をしよう(文藝春秋)
3.11と日本の運命(中央公論)
気まぐれコンセプト・クロニクル(ホイチョイ・プロダクションズ)
・・・

オフィスの書架の右上中段2列目。僕は本をぐちゃぐちゃにして読むタイプで、あまり収集に興味がないし整理もあまりしないけれど、手元においておきたいものはアップデートしながらなんにも考えずに一応書架に置くことにしている。右上中段2段目はそんな場所だ。本棚をみるとその人のヒトトナリがわかるという古典的なネタがあるけれど、まあ、ある意味で真実かもしれない。定期的に本棚を撮影して記録しておくもの面白いかも。

まあ、それにしても「節操のない」頭の中だわ(自嘲)。

July 26, 2011

薄情な浮気者である読者

仕事関連の雑誌(Journal)は別として、決まった雑誌(magazine)を定期的に買わなくなって久しい。子供の頃は学研の「科学」とか「学習」、さらに色気がついてからはGOROなどの男性雑誌、POPEYEはある意味教科書だったし、BRUTUSやPLAYBOYにはかなり影響を受けたと思う。基本的には月刊誌で、ある時点まで途切れる事なくこれらの「いつも買う雑誌」があったと思う。発売日が待ち遠しいという「あの感覚」。今はないなあ・・・。その時の自分に必要な「情報」とか「刺激」がまだ雑誌にあった時代。今でも雑誌は大好きだけれど、本屋さんで眺めてからアトランダムに買うことがほとんど。月に4−5冊は買うけれど、これはたぶん今の時代じゃ稀な事なんだと思う。

たぶんこれは、ネットに流れる多層的で流動的な様々な情報の成熟化とそのスピードが、昔の「雑誌的なもの」を駆逐しつつあるということなんだと思う。その意味では週刊誌には厳しい時代なんだろう。今更だけれど、「文春」とか「新潮」とか「現代」とか「ポスト」みたいな「総合誌」が存在しているのが不思議ではある。世界的にみるとまだまだ日本はテキスト文化の国だし、たぶん「価値観」のブレがそれほど大きくない社会だからなんだと思う。電車の中吊り広告をみると、ちょっと読みたくなるコンテンツがあることもあるけれど(笑)、わざわざ買うことはほとんどないなあ。とはいえ、今も昔も患者さんのベッドサイドをみると、これらの雑誌が置いてあることは多い。つまり、そういうことだ。べつの文脈でいえば、その時読んでいる(定期購読している)雑誌をみれば、その人のセンスも考え方も想像がツクということだ。

話がずれた。
定期的に買っていた雑誌を買わなくなる理由について、今日考察した。

①紙面や内容に「飽きる」
②旅行とかでたまたま2−3週間買わないでいると、もうフォローする気がしなくなる。
③編集方針ががらっと変わり、急激に面白くなくなり「怒りを持って」買わなくなる。
④ハマっていた連絡小説が終了
⑤嫌いな作家の連載開始
⑥グラビアの質。好みの変化。
⑦ライバル誌の存在。
⑧まったく新しいコンセプトの雑誌に目移りする

消費者(読者)は薄情な浮気者なのだ。だって責任ないもの(笑)。
①と⑦⑧は表裏一体。

July 25, 2011

自分にとって最高の一日とは?と自問する

5時前に目覚めて、昨日の楽しかったクルージングを憶い出しながら、つらつらと考える。人生の折り返し地点を過ぎて日々の生活の中で僕らはどれだけ人生を楽しんでいるか?と自問する。幸い今のところはhand to mouthの生活ではなく、社会的な立ち位置も決まった。子供達はほぼ子育てを終わって、自立できるまで成長した。突然僕が死んだとしても路頭に迷う事はないだろう。つまり自分のDNAを世の中に残したし、後は人生を精一杯楽しんで、少しでも社会に貢献することに専念してもいいのではないか?と思った。

人生を楽しんでいるかい?
日々の生活をエンジョイしているかい?
自分を抑えてムリしていないかい?
言いたい事を十分言って、やりたい事を我慢していないかい?
ジジイ臭く「悟る」とかではなく、生活の意識とか視点とかで自分のヘンなこだわりとか柵、さらには分不相応な欲を捨ててしまえば、もっとシンプルに生きられるだろうし、もっと気楽に人生をエンジョイできるんだろうなって思った。

50歳過ぎて、自分じゃ結構やっているつもりだったけれど、実は「まだまだ」だと思う。日暮れて、道遠し。ネガティブな意味ではなく、今後の指針として。

気持ちよく朝目覚めて、仕事をして、気持ちよく身体を動かし、おいしくご飯を食べて、好きなものに囲まれて、家で楽しいお酒を嗜み、気持ちのいい眠りにつければ、たぶんそれが僕にとって最高の一日なんだろう。つまり「普通の一日」ってことだ。

そんなこんなで、様々な言葉に感嘆しつつ、内田樹先生の「最終講義」を読んでいる。
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