March 16, 2011

科学的根拠のある楽観

科学的根拠と確信のある「楽観」は、科学的根拠のない不確実な「絶望」よりは、明らかに前向きの力になる。

アーバンのMLからの転載テキスト:
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これは遠矢先生の弟さんが原子核工学専門家としてまとめてくださったものです。
twitterで流れていましたので共有します。
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@toyayuji
一部の人にはメールで送ったのだけど、まとめてみました。報道から読み取れる少ない情報からの推測だけど、テレビに出てる怪しい「専門家」よりは正確だと思う。

(地震による福島第一原発の損傷状況について)

筆者は原子核工学を専門として大学で4年間、大学院で2年間学び、卒業後も原子力関連のメーカーで10年間仕事していた経験があります。

福島第一原発の状況について、正確でない情報と、素人による憶測が飛び交っている状態の方が危険だと思うので、一応の専門知識を持った専門家として、今把握している情報から推測した意見を述べておきます。

(1) 制御不能→核爆発 はありえない。

日本の原子炉は、核分裂の連鎖反応がワザと起こりにくいようにフェールセーフの思想で設計されています。すべての装置が正常に作動して、完璧に制御できている時は連鎖反応を維持してエネルギーを取り出せますが、装置に異常が発生して、一つでも正しい制御ができなくなると、連鎖反応は維持できなくなり、自然と核反応は停止します。

制御不能→暴走して核爆発 とは絶対になりません。

地震前の通常運転時には膨大なエネルギーを発生していたのに、突然冷却系がストップしたため、しばらくは温度が上昇が続き、炉心溶融が起こる可能性はあるけど、それもすべて「起こりうる事故」としてとして想定内です。たとえ炉心が溶けて燃料が崩れ落ちても、連鎖反応は止まるようにキチンと考えて設計されています。

(2) 「燃料棒がむき出し」とは何どんな状況か

マスコミが「燃料棒が完全にむき出しだ」とすぐにでも外に漏れてきそうな表現で報道していますが、正しくは「燃料棒が冷却水に浸っていない」です。

それでは、燃料棒が冷却水に浸かっていないと何が起こるでしょうか。

冷却水がないと核反応で発生した熱が除去されないので、燃料棒の温度が上昇して、最悪の場合は燃料棒の変形や溶融が起こります。
一方では、冷却水=減速材の減少は、核分裂の連鎖反応の停止を意味します。

ウラン原子は、熱中性子(低速の中性子)がぶつかると核分裂反応を起こして、高速の中性子と熱を発生します。ここで発生した高速中性子がそのまま次のウラン原子にぶつかっても核分裂反応はほとんど起こりません。中性子が減速して、低速の中性子(熱中性子)になって初めてウランの核分裂反応を引き起こす事ができるようになります。そのための減速材=冷却水がない状態では、連鎖核反応は停止します。

つまり、冷却水損失→温度上昇→炉心損傷と進む事はあっても、
それは爆発的な核連鎖反応には直結しません。
ちなみに、いくら燃料の温度が上昇しても、核分裂反応は促進されません。

(3) 何故水素爆発が起こったか

炉心では、高温になった金属部に接触した水が分解されて水素と酸素が生成されています。通常はこのような可燃性ガスを再結合する装置が作動しているので問題ないのですが、今は再結合器が動いていません。

温度上昇で内部の圧力が高まったので、圧力容器内から格納容器内に、格納容器内から建屋内にと蒸気を逃がしているけど、放射化した蒸気も若干含んでいるので、建屋の外に開放する事まではしていなかった。そこで建屋内の水素濃度が上昇して、何らかの原因で引火したために水素爆発が引き起こされ、建屋が壊れました。

建屋が壊れるくらいなら、水素濃度の高まった建屋内を換気して外に放出してしまえば水素爆発は起こらなかったのですが、
ちょっと放射線の計測値が上がっただけでマスコミが大騒ぎするので、わずかでも放射性物質を含んでいる蒸気の開放を躊躇してしまい、
水素濃度が高い状態を放置して、爆発が引き起こされたのでしょう。
結局建屋が壊れて、大気開放状態になってしまうくらいなら、もっと早い時点で外部への放出を決断するべきだったと思います。

今後は水素濃度が高まった時点で躊躇わずに大気開放すれば水素爆発はもう起こらないでしょう。

(4) 現在の損傷状況はどんなレベルか?

元々燃料であるウランは5重の壁で守られています。

(1)燃料ペレット: 酸化ウランの焼結体で、核分裂生成物は内部に留まる
(2)燃料被覆管: 燃料ペレットを束ねて、密閉された燃料棒とする。
(3)圧力容器: 炉心で発生した蒸気を溜めておく鋼製の圧力容器
(4)格納容器: 圧力容器以外の機器もまとめて密閉する鋼製の容器
(5)建屋: 格納容器を入れる建物

水素爆発により(5)は破壊されてしまいましたが、(1)~(4)は健全で、密閉性は保たれていると思います。炉心溶融が起こっているのであれば、(2)の燃料棒も変形したり、破れていたりすると思いますが、(1),(3),(4)はまだ健全でしょう。

チェルノブイリのように、核分裂の連鎖反応で炉心自体が爆発して、燃料ごと大規模に放出されるような事は起こりません。
今後も温度上昇で圧力が高まった際に、蒸気を逃がすと若干の放射化した蒸気は外に漏れる事になるけど、それは大きな問題にならないレベルです。

(5) 放射性物質・放射線による被爆について

一般人は放射性物質に対して潔癖で、少しでも外に漏れると大騒ぎするが、現実は日常生活でも放射線を浴びており、小線量の被爆は日常の出来事です。太陽などでの核融合反応で発生した宇宙線が、常に地上に降り注いでおり、一般生活でも年間数mSvは被爆しています。
宇宙線は大気によって減衰されるので、高地に住んでいる人は平地よりも何十倍も浴びているし、航空機の乗務員も1回の長時間フライトで0.2mSv程度浴びるとの報告もあります。

放射性物質は自然界に存在しない物ではなく、周囲にありふれています。ちゃんと知っている専門家は、毎日の仕事の中で普通に扱ってるし他の職種につく人よりも圧倒的に早死にしたりする訳ではありません。
知らないから怖いと思うのは仕方ないのだけど、マスコミはそれを煽るように過激に報道する事はやめなければいけないと思います。

今の原子炉は、地震で倒壊した瓦礫に足を挟まれている人と似たような状況だと思います。既に救助隊に発見されて、命に別状はない段階に来ているのだけど、早急に確実に命を救うには足を切断しなければならない。なるべくなら足も温存したいので、いろいろと策を模索している状態。

そんなレベルなのにマスコミは、完全な健康体でない事を大問題だと大騒ぎしたり、会見での発言の細かい矛盾点を指摘して揚げ足を取って、責任問題を追求したり、事態を複雑化しようとしている。

現地で作業に当たっている専門家は、まず自分の命を守るためにも、最善を尽くして、最も正しいと思える判断をしているのだから、余計な邪魔をせずに本来の仕事に専念させて欲しいです。