June 5, 2008

博士との会話(フィクション)

関西のK大学の数学科教授だった爺さん。ボケてしまった今でも、ただものじゃない眼光の鋭さがある。

「博士、具合はいかがですか?」
「変わらん。いつもと同じじゃ」
「はい、変わりないっていうのはいいってことですよね」
「・・・君は、全然わかっていないな。でもその説明は今は止めとこう、時間の無駄じゃ。今私は考えているんだ」

「はあ・・・」

単なる「気難しい爺さん患者さん」だと思っていたのだが、彼はかつては世界的な数学者だった人なのだ。1947年の終戦直後の混乱期に、京都から岐阜に疎開していた彼の元に直接GHQがやってきて、すぐにアメリカに来て欲しいと嘆願したのは有名な話らしい。後で彼のお弟子さんから聞いた話では、現在の数学の基礎を作った人らしい。僕にはその「意義」はよくわからないけど、すごい仕事を成し遂げた人なのだ。

今でも元・数学者の彼にとって、「考える」ということはごく自然な生活習慣でもあり、自分でコントロール可能な・・・ことらしい。つまり彼は、食事をしていても誰かと話をしていても、風呂に入っていても、眠っていても、考え続けることができる。時空を超えた空間に居る(のだろう、たぶん)、一般的にいえばボケてしまった今でも。

「博士。以前からどうしても解らないことがあったんです。質問していいですか?」
「ああ、もちろん。質問を受けるのは何年ぶりかな。いい質問はいい解答者を育てるからな。ああ、腹が減ったな。もうすぐメシの時間か・・・?」

「デジタルの世の中になって、僕らはアタリマエのようにその恩恵に与っているんですが、そのデジタルがわからないんです。デジタルということはゼロ(0)と1だけの世界ですよね。」

「ああ、その質問は小学生が良くする質問だ。10進法と2進法の概念の混乱だ。バイナリは計算上の約束でしかない。」

「博士、それは僕もわかっているんです。質問はうまくできなくてすみません。でも博士、1でも0でもないものって世の中にはたくさんあるじゃないですか、それは数学ではどう扱っているのか?っていうことなんです。」

「ははは、それもよくある質問だな。それは10進法でも同じじゃないか。数えられない数を数えるわけだから」

「ええ、そうですね。それでは実数で考えます。」

「いや、その必要はないな。君の質問の意図は、「数えられない数」のことじゃないんだろ。それは別の質問じゃ。ああ、ハラが減ったな。1でも0でもない数の概念はどう扱うのか?ということじゃろ?」

「はい!博士。その通りです。」

「で、君ならどう解を見つける?というか、どういう数学的な仮説を立てる?」

「感覚的には、1と0の中間、Ω っていう代数を決めるのはどうですか?」

「ほほう、で・・・?」

「その先は全然見当もつきません」

「そんなことはないだろう。ここにリンゴが1個、みかんが1個、君の想像の中にぶどうが1房ある。」

「博士、ぶどうは一房ですが、複数形かも・・・」

「まあ、それはいい。話すと長くなる。ははは。で、いくつある?」

「10進法で「2+Ω」ですね、(汗)ぶどうを一つ(一房)と考えれば、ということですけど。バイナリでは10+Ωです。」

「いや、そうではない。「+」ではない・・・のだ」

「はい、意味が解りませんが・・・」

「おお、1976年は悪い年じゃなかったな、確かに。君の言う通りじゃ。それにしてもハラがヘッタ」

「はぁ・・。」
================(続く)