助けあいジャパン

May 29, 2012

こんな感じだったのね

照射中は、特殊なメッシュで固定されているので、自分がどんな状態なのか全然わからない。今日初めて写真をとってもらった。ちなみに全然苦痛はなく快適な空間。今日で54Gy終了。あと3回。

May 28, 2012

上り坂の先

化学療法と放射線療法も,お陰様であと一息。放射線治療の性質上、時間経過ととももに副作用のダメージが強くなる感じ。終盤、最後ゴールに向けて徐々に勾配がキツくなるコースのイメージ。でも大丈夫。自分がどこにいて、どこに向かっているか判っていれば、前に進む勇気が出る。

May 27, 2012

物理的メモリーの中の人生

メモランダム: 補足として 2008−3


http://sandgem.blogspot.com/2008/03/blog-post_10.html



物理的メモリーの中の人生

おぎゃーと生まれたときから、親が画像をビデオを撮影していて、その人の人生で起こった出来事を克明に記録していたとする。毎日データベースを画像や動画や音声やテクストとして残してゆく。実際出来るかどうかは別問題だけど、テクニカルには今の技術を持ってすればで十分可能だ。今後ITがさらに進めば、ごく自然に無理なく記録できるようになるだろう。その子供達が育って、自分で記録が出来るようになり、今度は親から引き継いで毎日毎日自分の経験したこと、学んだこと、感動したこと、楽しかったこと、哀しかったこと、怒ったこと・・・等々を記録する、とする。小児期・思春期(冬)>青年期(春)>中壮年期(夏)>老年期(そして秋)・・・。死ぬまで毎日毎日。60秒・24時間・365日。つまり、自分の人生を「物理的メモリー」の中に記録するのだ。その時代の人達にはどんなドラマがあるんだろう?・・・というのが今日の空想&妄想。ジムで泳いだ後、サウナに入っているときに閃いた。

プロット1:
男と女が出会って恋愛関係になった。結婚を考えた二人は、お互いのことをもっと知りたくて、それぞれの今まで歩んできた人生の「物理的メモリー」を開けるための「暗証番号」を交換する。そして・・・相手の「一番お気に入りのメモリー」を閲覧した二人は・・・?そのセグメントの中で、ふたりが選んだのは偶然にも「昨日と一昨日のデータ」。唖然とする男と女。喜悲劇&どんでん返しの結末。

プロット2:
どうしても消したい(忘れたい)過去の出来事というのは誰にでもある。とんでもなく恥ずかしい体験や、涙さえ出ないくらい哀しい出来事etc. しかし、そのデータベースは国家が管理していて、自分の一存では改変できないことになっている。犯罪者のその男には、どうしても消し去らなくてはいけないメモリーがあった。その男の消したい過去とは?そしてその顛末は?

プロット3:
死を前にしたその女にとって、自分の人生の「楽しかった場面」を繰り返し眺めるのが唯一の楽しみだった。しかし、そのプログラムには「ある仕掛け」があった。最後の場面に女が観たものは?

プロット4:
それぞれが持っている「人生記録メモリー」を希望通り変更するプログラムを基にしたビジネスを発明した企業があった。しかし、その企業にとって最大の問題は・・・?対象とする顧客のプロファイル。究極のビジネスモデルの行く末は??

プロット5:
生年月日の同じ二人の男がいた。大金持ちなのに孤独で不幸せな男と、ホームレスだけど酔い友達に囲まれて幸せな男。「メモリー」の暗証番号が酷似していて、たまたまその二人が同時にアクセスしてしまった。コンピュータのバグが数億万分の一の偶然を起こした。二人の人生の分岐点にあった共通のメモリーとは?

プロット6:
美しく生まれた女。小さい頃から可愛い、美しいとチヤホヤされて育った。今はトップモデルとして世界中を飛び回る。しかし、彼女にはどうしても消してしまいたい「あるメモリー」があった。そのメモリーとは?そして彼女は・・・。

でも、よく考えてみると、想い出は曖昧で自分勝手なものだからこそ、人は人生を進んでいけるものなのかも 以下略))

May 26, 2012

冬春夏秋

失うもの
2006-9-20
http://sandgem.blogspot.jp/2006/09/blog-post_20.html

再掲、未校正より: 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

失うもの、喪うもの

外来でのUさんと会話。結腸癌の手術をして早いもので6年目になる僕の患者さんだ。

「鬱、というわけじゃないんでしょうが、最近気分が塞いでしまうことがあります。この歳になってもメランコリーな気分になるものなんですね。」

「はい。」

「歳をとるというのは、哀しいことです。先生はまだお若いから、わからないでしょうが。こういう気持ちは・・・」
「・・・はい。でもUさん、僕にも少しはわかる気もします。今年で僕は50歳になります。」

「そうですか。ええ、そうかもしれませんね・・・。私も、あなたの歳頃には、毎日毎日必死で仕事をしていましたな。」

「はい。」

「この歳になると、毎日毎日{失うもの}や{喪うもの}ばかりなのです」

「失う(喪う)もの、ばかりですか・・・。」

「病気の妻(彼の妻も末期ガンなのだ)を、喪う日のことを考えますと、真夜中に気が狂いそうになるほど寂しい気がします・・・例えが悪いかもしれませんが、二人で若い頃買った瀬戸物が、突然一昨日割れたりするし。先生もご存知でしょう、12年一緒に過ごしたロンが、、私たちの犬ですが、先月死にましたし・・・。学生時代の友人達の便りは、ご家族からの死亡通知ばかり。生き残っている自分達が、逆に特別な存在みたいで・・・」

「でも、失う(喪う)ものばかりではないでしょう?日々の生活では{いろんなこと}があるし。ああ、そういえば、末の息子さんのお子さんもこの春に生まれたし、お孫さんの成長は見ていてうれしいものでしょう。」

「ええ、もちろんです。でも私たちの日々の生活は、単純で淡々としたもので、先生のおっしゃるような{いろんなこと}っていうのは、そんなに多くはないんですよ。私と妻にとっては、残された、限られた人生の時間の中で、圧倒的に失うモノのほうが多いんです。」

「(頷きつつ)でも・・・」

「でもね、先生。こんな気持ちのよい秋を感じるに日は、少しは私も{救われた気持ち}にもなります。人間ってのは単純なものですね(微笑)」

「はい。」

「人生は・・・冬に始まり秋に終わるんだそうです。中国の古典ですが・・・。」

「収穫の秋っていう意味ですね?高校の漢文の先生から聞いたことがあります。」

「はい、冬を背負った秋は、本当に悲しくて、寂しくて、切ない・・・です。でも人生の終着駅というもんは、そんなものなんでしょうね。最後に{すべて}を失って、たった一人のマッサラの自分に戻り・・・。それを神様は(Uさんと奥さんは敬虔なクリスチャンなのだ)、生きながらえる人間達に、実り(収穫:ハーベスト)を与えてくださる。」

「Uさん。今考えたのですが・・・、あなたから見れば、こんな若造の言うことに気を悪くなさったらごめんなさい。逆に、{人生の中で失われないもの}って、あるんでしょうか?」

「は?どういう意味ですか?」

「僕は仏教徒です。特定の宗派ではありませんが。実は先日、夏休みを頂いて、高野山に行ってきました。奥の院に向かう森の中の、巨大な墓地の中で思ったんです。太く・短く生きた武将達や、歴史上の偉人達、大金持ち、軍人達、若き英霊達、その他の多くの、名もなき(僕みたいな)普通の人生を生きた人たち・・・そんな、いろんな人たちの墓と向かい合って、人生は終わってみれば、皆同じなんだ、ただ土に還るだけなんだ、と(いい言葉が見つからないんですが)僕はすごく{安心}したのです。」

「(はい)」と、静かにうなずくUさん。

「で、そう思ったら、なんだか吹っ切れた気がしたんです。実は、ここ2-3年、僕もずいぶん悩んでいて、折り返し地点は過ぎている自分の残りの人生をどうやって全うするべきか、って考える時がありました。{鬱}っていうほどはっきりしたものではないのですが、焦燥感とか不安感を感じることがありました。」

無言で僕を見つめるUさん。

般若心経は、厳然とした、決して動くことのない真理だと思います。諦念ではなくて・・・、どんな人も生きている限り、いつかは真正面から向かい合わなくてはならない、ものなのでしょう。宇宙の存在の中では、泡沫のような人の人生なのですから・・・青臭いかもしれませんが、雨の高野山を歩いていて、僕は確かにそう感じました。うまく言葉に出来ないのですが。」

「いい夏休みでしたね、先生」

「はい」

「私も先生の話を伺って、高野山をまた訪れたくなりました。前に旅行したのは60年前ですか・・・学徒出陣で一足先に逝った親友の墓があるのです。」

「そうだったんですか。Uさん・・・」

「こんな爺の話を真剣に聞いていただいて、ありがとうございました。」

「とんでもない、Uさん。僕こそ偉そうなことを言って失礼しました。それでは、来月お会いしましょう。お大事に・・・」

微笑してUさんは席を立った。

救われたのは、実はこの僕だった。

そんな秋。  2006年

May 25, 2012

全て繋がっている

今回のこともあって、今まで自分がいかに多くの人たちとのご縁で生きてきたのかを本当に痛感している。この55年の人生の中で、何一つとして例外なく「全て繋がっている」ものなのだ、と。

1977年カリフォルニア

K君が来てくれた。彼とは大学の同期。大学に入って初めての海外への旅だった。今日は彼とその頃の事を思い出しタイムスリップした。ああ、至福の時間。

その後の人生にかなり大きな影響を受けた2ヶ月だった。
1977年西海岸。僕らは確かに「あの時代」を共有した。

LAの友人宅のアパートに転がり込んでから、サンディエゴ(新興宗教の会合に拉致されそういなった/w)に行ったり、メキシコにも足を伸ばしてエンセナーダの海岸で絶品の海老を食べたり。フェニックスからグランドキャニオン、サンフランシスコ、カーメル、サンタバーバラ、LAとぐるりと約2ヶ月。UCLAでアメリカ(Sister Golden Hair!)のライブにも行った。たしかGuildのギターを買ったのもあの旅だった。見るもの聞くものが新鮮でどんどん吸収して力になったあの時代。まさに怖いもの知らず(笑)。

そして、なんと驚いたことに彼はその旅の様々なアイテムをほぼ完璧に保存してくれていた!行った店のパンフと使ったエアのチケットとか、ライブのチケットとか。。。もう懐かしさを通り過ぎて、言葉にならない。本当にそこに瞬間移動したみたいだった。感謝感激。

きっちゃん宝物をありがとう!!

高校時代のイギリスが大人の世界の入り口(の入り口)を見せてくれたものだとすれば、ここからが本番が始まった、というか。そんな旅だった。

May 24, 2012

アルコールの神様

アルコールを全く飲んでいない状態で、かれこれ6週間なんだって今日気がついた。もともとそんなにアルコールに強かったわけではないけれど、ここ20年はまあ「ふつうに好き」だった。ビールは水みたいなもんで連日だし、焼酎かウィスキーの適量が一日の〆だった。
キンキンに冷えたビールの美味しさも、美味しい料理と楽しむワインも、仲間と飲むお酒の楽しさも、ぜーんぶ無条件に認めるけれど、ああ、早く良くなって酒が飲みたい!って不思議なくらいに思わない。全く飲まなくても困らない(身体が欲していない)ってことに気がついた。そんなものだったんだ。

わりと新鮮な発見。(気づくの遅すぎw)
人生を豊かにしてくれたお酒の素晴らしさには、感謝しつつ自分としては卒業した感じか。

お陰様で順調です。皆様有難うございます。
このブログが毎日更新してなくてご心配なく。ぼちぼちやっていますので。

Powered By Blogger