12月25日夜に親父が倒れ、ICUに搬送入院。親族一同に看取られつつ、84年間の激動の生涯を今日の早朝に終えた。僕は息子として、医師として、彼の死に様をしかと見届けた。最後まで苦痛は最小限で、意識もあり会話も可能で最高に幸せな最期だった、と信じたい。
故人の生前の強い希望と、年末の慌ただしい時期ということも親族で諸般考慮して、密葬とした。明日通夜、明後日告別式。
December 26, 2009
December 24, 2009
1989年のイヴの夜のこと
この歳になるとクリスマス・イヴといっても、ごく普通の夜なのですね。でも、若い頃はそれなりにイベントの夜だった(笑)。今日、ふと憶い出した1989年のイヴの夜のことを書いておこう。懐かしい、そして、今思い返してみれば珠玉の夜だった。
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その頃僕は、アメリカから帰ってきて医者として自分の進む道を模索しつつ、四苦八苦していた。神奈川県立こども医療センター(KCMC)の小児外科のシニアレジデントとして忙しい毎日。朝7時からの回診から始まり深夜まで走り回っていた。昼夜を問わず緊急で呼び出され、プライベートと仕事の区別のほとんどない生活。敷地内にある家賃2万円のぼろぼろの官舎に住んでいて、長女かなPが幼稚園、次女ゆっつんがよちよち歩き位、三女さーちゃんはまだ生まれてなかった。かみさんは子育てで本当に大変な時期で、ゆっつんをおんぶしながら近くの幼稚園に送り迎えしてた。正直、子育てはかみさん任せで、僕は自分の仕事で日々生活するので精一杯だった。
クリスマスの近づいたある日。サンタさんを信じているかなPに聞いてみた。
「ねえ、今年はサンタさんは何をプレゼントしてくれるかな?」
「ううん、わかんない。でも、たぶんサンタさんは、本当にかなちゃんの欲しいものを知っているよ。」
「えっ?でもさ、サンタさんは世界中の子供達にプレゼントするから、かなちゃんの欲しい物を忘れちゃうかもしれないよ?」
「そうだね。たくさん、だもんね」
「うん。忘れちゃうといけないから、パパとママが今日サンタさんに電話しておくよ。」
「わーい、じゃ、『かなちゃんのお家が欲しい』って、サンタさんに言っておいてね」
「(ええっ?)お家ってどんなお家なの?」
「かなちゃんが住む家だよ。かなちゃんのお家だよ」
「そっか・・・・・・。わかった、じゃサンタさんに伝えておくよ」
1989年のイヴは日曜日で、僕は前日の23日の土曜日の午後、当時の上司の外科部長の西先生に事情を話して許可をもらい(今改めて考えてみて、こんな馬鹿げた話を真剣に受け止めてくれた今は亡き西先生は本当に素晴らしい人だ!)僕は子供用のお家のおもちゃ探しをするために、16号線沿いにあったトイザラスへ。でもそこにあったのはビニール製のチャチなおもちゃばかり。これじゃ、ダメだ・・・。どうしよう?かなPの欲しい物とは違う・・・。結局、そこでは何も買わず、一旦帰宅してから、横浜の東急ハンズへ向かった。
大きな発砲スチロールとカッター、接着剤とカラースプレーを購入。かなちゃんに気付かれないように、狭い官舎のベランダにそれを置いた。そして24日の日曜日の夜。我が家のクリスマス・イヴのささやかなご飯&ケーキ。サンタさんは、今夜はすごく忙しくて、ゆっくりご飯も食べられないだろうから、このクッキーをツリーの下に置いてあげる...という、かなP。そうだねと僕とかみさん。
お腹が一杯になり、ご機嫌で布団に向かうかなP&ゆっつん(まだよちよち歩き>笑)。大人になっちゃった今でも憶い出すけど、彼女達は(少なくともあの時代は>爆)天使だった。
彼らが寝入ってから・・・僕とかみさんは二人で一所懸命発砲スチロールで子供達の「お家」を作った。2−3時間はかかっただろう(爆)。結構必死で作った。今考えてみればかなりの重労働(笑)。適当に作ったのだけれど、最後に色を吹き付けて屋根に綿のスノーを飾ったら、それなりの「ハウス」になった。最後にツリーの下のクッキーをひと齧りして・・・
1989年のクリスマスは月曜日。
朝早くまだ暗いうちに起きたかなちゃんは、リビングに鎮座した「彼女のハウス」に狂喜乱舞。少し開いた窓、ツリーの下には一口齧られたクッキー。
「わー。わー。パパ、ママ、サンタさんが本当に来てくれたよ!早く、早く起きてよ!!」
寝不足気味の僕とかみさんは、布団の中で「ガッツポーズ」をした(笑)。
幼稚園と官舎のお友達をたくさん連れてきて一日中遊びまくったために、彼女の「お家」はその日のうちにぼろぼろになって倒壊してしまったけれど(爆)。
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その頃僕は、アメリカから帰ってきて医者として自分の進む道を模索しつつ、四苦八苦していた。神奈川県立こども医療センター(KCMC)の小児外科のシニアレジデントとして忙しい毎日。朝7時からの回診から始まり深夜まで走り回っていた。昼夜を問わず緊急で呼び出され、プライベートと仕事の区別のほとんどない生活。敷地内にある家賃2万円のぼろぼろの官舎に住んでいて、長女かなPが幼稚園、次女ゆっつんがよちよち歩き位、三女さーちゃんはまだ生まれてなかった。かみさんは子育てで本当に大変な時期で、ゆっつんをおんぶしながら近くの幼稚園に送り迎えしてた。正直、子育てはかみさん任せで、僕は自分の仕事で日々生活するので精一杯だった。
クリスマスの近づいたある日。サンタさんを信じているかなPに聞いてみた。
「ねえ、今年はサンタさんは何をプレゼントしてくれるかな?」
「ううん、わかんない。でも、たぶんサンタさんは、本当にかなちゃんの欲しいものを知っているよ。」
「えっ?でもさ、サンタさんは世界中の子供達にプレゼントするから、かなちゃんの欲しい物を忘れちゃうかもしれないよ?」
「そうだね。たくさん、だもんね」
「うん。忘れちゃうといけないから、パパとママが今日サンタさんに電話しておくよ。」
「わーい、じゃ、『かなちゃんのお家が欲しい』って、サンタさんに言っておいてね」
「(ええっ?)お家ってどんなお家なの?」
「かなちゃんが住む家だよ。かなちゃんのお家だよ」
「そっか・・・・・・。わかった、じゃサンタさんに伝えておくよ」
1989年のイヴは日曜日で、僕は前日の23日の土曜日の午後、当時の上司の外科部長の西先生に事情を話して許可をもらい(今改めて考えてみて、こんな馬鹿げた話を真剣に受け止めてくれた今は亡き西先生は本当に素晴らしい人だ!)僕は子供用のお家のおもちゃ探しをするために、16号線沿いにあったトイザラスへ。でもそこにあったのはビニール製のチャチなおもちゃばかり。これじゃ、ダメだ・・・。どうしよう?かなPの欲しい物とは違う・・・。結局、そこでは何も買わず、一旦帰宅してから、横浜の東急ハンズへ向かった。
大きな発砲スチロールとカッター、接着剤とカラースプレーを購入。かなちゃんに気付かれないように、狭い官舎のベランダにそれを置いた。そして24日の日曜日の夜。我が家のクリスマス・イヴのささやかなご飯&ケーキ。サンタさんは、今夜はすごく忙しくて、ゆっくりご飯も食べられないだろうから、このクッキーをツリーの下に置いてあげる...という、かなP。そうだねと僕とかみさん。
お腹が一杯になり、ご機嫌で布団に向かうかなP&ゆっつん(まだよちよち歩き>笑)。大人になっちゃった今でも憶い出すけど、彼女達は(少なくともあの時代は>爆)天使だった。
彼らが寝入ってから・・・僕とかみさんは二人で一所懸命発砲スチロールで子供達の「お家」を作った。2−3時間はかかっただろう(爆)。結構必死で作った。今考えてみればかなりの重労働(笑)。適当に作ったのだけれど、最後に色を吹き付けて屋根に綿のスノーを飾ったら、それなりの「ハウス」になった。最後にツリーの下のクッキーをひと齧りして・・・
1989年のクリスマスは月曜日。
朝早くまだ暗いうちに起きたかなちゃんは、リビングに鎮座した「彼女のハウス」に狂喜乱舞。少し開いた窓、ツリーの下には一口齧られたクッキー。
「わー。わー。パパ、ママ、サンタさんが本当に来てくれたよ!早く、早く起きてよ!!」
寝不足気味の僕とかみさんは、布団の中で「ガッツポーズ」をした(笑)。
幼稚園と官舎のお友達をたくさん連れてきて一日中遊びまくったために、彼女の「お家」はその日のうちにぼろぼろになって倒壊してしまったけれど(爆)。
December 23, 2009
スラップ・ギター
映画August Rushが気になっていて、その動画を追っていたら、ほとんどの挿入曲は、Kaki Kingという女性ギタリストの曲(上の画像)らしい。押尾コータローの超絶テクニックを彷彿とさせる感じ。スラップ奏法というのは、オープンチューニングにして、がしがしスラップすると、わりと簡単にソレっぽく聴こえちゃうんだけど(笑)、やっぱりセンスなんだよな。映画のなかの掛け合い"Dueling Guitars"の感じはわりと好きかも。マイナーのオープンチューンで「掛け合ったら」面白いかも、なんてアイデアが湧いた。
隠れ家イタリアン
昨夜は自由が丘の隠れ家的イタリアンの☆mondo☆にて食事会(☆は検索逃れ)。毎年この時期には「移動理事会」と称して、忘年会的な意味での食事会がある。一昨年は「金田中」、昨年は「魚こばやし」など、自前ではなかなか行くチャンスのないところでご飯する機会。今回は、比較的新しいながらも、わりと評判の隠れ家的なイタリアンということで、期待しつつお店に向かう。自由が丘の住宅街にあって、一発で辿り着くのは至難の場所。オシャレな建築の「普通の家」に入って行くようなアプローチに、小さな目立たない照明のサインがあるだけ。宝探し的な楽しさは、おもしろい演出。ふむふむ、シェフの家に招かれているようで(実際に建物の上の部分に住んでいるらしい)楽しい。こじんまりして親密な感じのするコンテンポラリーな建築のインテリア空間は、白の壁でちょっと無機質で硬質なイメージ。小さめの電球が釣り下がっていて、窓は極小さいので、白い箱の中に居るみたいな感覚。昨夜は貸し切りなので、テーブルの配置はいつもとは違うんだろうけど、会話の音が響いてしまい、ちょっと話がしずらかった(音がもの凄く「ライブ」で反響しすぎる)。たぶんいつもは、お客はそれを気にしつつ静かに会話して食事するんだろう。ワインはイタリアンを中心としたもので、スパークリングからロゼ、白、赤と、昨日はすべてソムリエのお任せで頂く。20人で何本開けたのは想像できないけれど、かなりの本数であることは確か(笑)。わりとカジュアルなソムリエ兼ギャルソンが全員のサーヴをするので、ちょっと間合いが悪い感じがしたのが残念だけど、それは逆の意味では「親密な感じ」がして好感は持てた。。昨晩はメニューがなかったので、記憶を辿って書いておくと・・・アミューズは甘くない(ほのかに塩味の)アイスクリーム、次にベニソン(鹿肉)のカルパッチョ(3種類のソース)、イカ墨で和えてあるイカのカクテル、鱈と野菜のテリーヌ(というのかなイタリアンでも)と続き、パスタはトリュフの(たぶん)タリオリーニ、メインは但馬牛のブロックステーキ。全般的にイタリア的に塩が強めの味付け。おしなべて美味しかったけれど、飛び抜けた驚きがない料理。この中ではテリーヌとパスタはおいしかったな。期待値が高かっただけに、ちょっと残念な印象。パンは何種類かあって、クミンなどの香草を練り込んだクッキーみたいなのが気に入った。これはユニークだね。ま、でも、昨晩の値段を聞いたら(笑)、自前でディナーは行かないだろうな。ランチでちょっとサプライズが欲しい時に少人数でなら、自前で行くかも。
December 22, 2009
耳の中の石
プールに週3日は通うようになって、スイミングの後に耳に水が入るので、泳ぎ初めの頃はかなり神経質に一所懸命綿棒で水を吸って出していた。そうしたら外耳道に傷がついて痛みだし耳鼻科へ。耳に入った水は自然に出るのが一番なのだよと、そこで教えてもらい、以後自然に任せていた。ただ、やっぱりすっきりしない日もあって、その時は、そーーっと綿棒で水出ししてたんだ(懲りずに)。で、ここ半年くらい、どうも時々左耳の聞こえが悪く、閉塞感と違和感があることがあった。でも今までは次の朝目覚めるとすっきりと治っていたのに、今朝は逆に左耳が全然聞こえなくなってしまった!午前中に時間を作り、さすがに焦って耳鼻科のK先生のクリニックに向う。
ファイバーで観察すると・・・鼓膜に石みたいなカタマリが!なんと耳垢石!毎回綿棒で少しずつ少しずつ耳あかを奥に押し込んでいた結果、あんなに大きなものが鼓膜に引っかかってたのですね。K先生の技で取ってもらったら、あーら不思議(笑)、今までの不快感は一掃され、聞こえもばっちり戻った。ありがとうございました>K先生。やっぱりスイミング後の綿棒って気をつけよう!
さあ、これからMONDOにて食事会に出かける。ちょっと楽しみ!うまく到着できるか?(笑)<そのくらい判りにくい場所の隠れ家イタリアンなんだと
ファイバーで観察すると・・・鼓膜に石みたいなカタマリが!なんと耳垢石!毎回綿棒で少しずつ少しずつ耳あかを奥に押し込んでいた結果、あんなに大きなものが鼓膜に引っかかってたのですね。K先生の技で取ってもらったら、あーら不思議(笑)、今までの不快感は一掃され、聞こえもばっちり戻った。ありがとうございました>K先生。やっぱりスイミング後の綿棒って気をつけよう!
さあ、これからMONDOにて食事会に出かける。ちょっと楽しみ!うまく到着できるか?(笑)<そのくらい判りにくい場所の隠れ家イタリアンなんだと
December 21, 2009
もしかしてスゴい発明なんだろうな
December 20, 2009
日曜日の午後には
このところ超多忙で疲れ気味だったので、9時間睡眠。6時にイベントの仕事に行くかみさんを見送ってから二度寝。ああ、ぬくぬくとベッドで眠る・・・至福の時間だな、この季節の(笑)。
先日、ある方から山形黒毛和牛の希少な「みすじ」と「さんかく」を、ウチでは食べきれないほど送って頂いたので、じょうじ君に「お裾分け」をすることにして、昼前に電話をして、神保町で待ち合わせをすることに。
「神田餃子館」にて昼ご飯。ここんちの餃子は美味しい。早速ビールで乾杯をしてから、有名な黒豚餃子とスタンダードな餃子の2種類をオーダー。皮がしっとり&パリパリしている野菜タップリの後者のほうが好きだな、僕は。ホクホクの餃子を食べつつ、今後の予定(黒崎BBQとか、今度のCDのレコーディングとか)を打ち合わせ。今日は基本形の東京風ラーメンで〆。ここんちのシンプルなラーメンは、予想以上にうまひ。
その後はいつものパターンで、DR.SOUNDでギターを物色。TAKAMINEのコアのギターが欲しくなった。自分へのご褒美として衝動買いしそうで怖いけど、今日は「寸止め」(笑)して解散することに。その後はひとりで三省堂で2時間立ち読みして、まったくジャンルの違う5冊の本を買った。読むヒマあるのか?>自分。
帰路、いつものジムへ直行してジャクージ&サウナでまったりしていたら、唐突に新しいプロットが浮かんだ。正月休み(があれば・・・だけど)に、書き始めてみようかな。いい日曜日だった。
先日、ある方から山形黒毛和牛の希少な「みすじ」と「さんかく」を、ウチでは食べきれないほど送って頂いたので、じょうじ君に「お裾分け」をすることにして、昼前に電話をして、神保町で待ち合わせをすることに。
「神田餃子館」にて昼ご飯。ここんちの餃子は美味しい。早速ビールで乾杯をしてから、有名な黒豚餃子とスタンダードな餃子の2種類をオーダー。皮がしっとり&パリパリしている野菜タップリの後者のほうが好きだな、僕は。ホクホクの餃子を食べつつ、今後の予定(黒崎BBQとか、今度のCDのレコーディングとか)を打ち合わせ。今日は基本形の東京風ラーメンで〆。ここんちのシンプルなラーメンは、予想以上にうまひ。
その後はいつものパターンで、DR.SOUNDでギターを物色。TAKAMINEのコアのギターが欲しくなった。自分へのご褒美として衝動買いしそうで怖いけど、今日は「寸止め」(笑)して解散することに。その後はひとりで三省堂で2時間立ち読みして、まったくジャンルの違う5冊の本を買った。読むヒマあるのか?>自分。
帰路、いつものジムへ直行してジャクージ&サウナでまったりしていたら、唐突に新しいプロットが浮かんだ。正月休み(があれば・・・だけど)に、書き始めてみようかな。いい日曜日だった。
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