June 18, 2012

忘れていた「Pledge」


MAY 31, 2006

 2012 6-発見:懐かしいプロット:「携帯電話のなかった時代」の続編として書いた。
多分1−2時間で書いた。

 
「約束(Pledge)」
タケルのエピソード: 

7:00 AM、5月。Hermosa Beach, CAこの季節、カリフォルニアの朝は、ほとんど毎日曇っている。でも、いつも昼頃になると、朝の曇り空をすっかり忘れてしまったかのように、あっけらかんとしたカリフォルニア・ブルーの青空が広がることになる。カリフォルニアの朝の曇り空は心地いい。海沿いなのに空気が乾いているせいで、開け放った車の窓からは、ちょっと肌寒いくらいの風が入ってくる。

僕とステファニーが一緒に暮らしていたハモサ・ビーチに海に面したアパートメント。ベッドルームの開けっ放しの窓からは、いつもこの風が入ってきて、僕らに目覚めの時間を教えてくれた。でも、今日の朝は特別だ。心地いいのが、逆にとても辛い。みぞおちの辺りが重く、一度でも「ため息」をついたら、心が崩れてしまいそうなほど哀しい気持ちで、僕は胸が一杯だった。きっと、きっと彼女も同じだった・・・と思う。Tokyoに向かう彼女を見送るために、僕はLAX(LA国際空港)に向かって車を走らせていた。彼女にとって初めてのTokyoに向けて、今日旅立つのだ。

僕の生まれ故郷、東京。故郷を離れてもう7年が経つ。僕も一緒に行こう(戻ろう)か?って何回も思った。でも彼女は頑として、「タケル(僕)はポートランドに移るべきなの、せっかく自分で苦労して掴んだチャンスじゃない、って言い張ったのだった。ビーチサイドの薄いべージュのビルの壁面。ジョギングする人たち、犬を連れた老夫婦。いつもの・・・、昨日まで当たり前だった、風景が通り過ぎてゆく。

Pier Aveを通り過ぎて、左折。Sepulveda Blvd.を北上。LAX(LA国際空港)に行くには、Artesia Blvd.を右に回って405のフリーウェイを使うのが普通なのだけれど、今日の僕達はそのままSepulvedaを北に進むことにした。彼女の出発まで、十分な時間があったから。フリーウェイを使えば15分で着いてしまう。どちらから言い出すわけでなく、このルートを選ぶことになった。

言葉を捜す僕。でも、でも何も言えない。ちらっと横にいる彼女の方を見ると、まっすぐ前を見つめている。いつも、そうだ。いったん言い出したら絶対にキカない、気の強い彼女のことだから、悲しくたって僕の前では涙は見せたくないのだろう。

少しずつ明るさを増しつつあるカリフォルニアの陽光が、彼女の白い頬にあるソバカスを照らし出す。流れ込む風が、彼女のちょっと赤みがかった金髪の香りを運んでくる。ついさっき、抱きしめた時に感じたあの香りなのに、なんだか懐かしい気持ちになる。それだけで僕はたまらなくなり、また、もう一度(いや何度でも!いつまでも!)ステフを抱きしめていたいって、心から思った。でも、できなかった。

あの時はまだ自分の人生に自信がもてなかったのだ。正直なところオレゴンでの新しい生活は不安で一杯だった。その意味ではステフのほうが、僕より3つ下なのに、ずっと自立している大人だった。日本語の話せない彼女にとってTokyoの生活は、僕にとってのポートランドの生活より、ずっとストレスフルなハズだから。

月並みな表現だけど、走馬灯のようにめぐるハモサでの想い出。いや、想い出なんていうような、一回ため息をつけば抜け落ちてしまうような、あやふやで儚いモノじゃない。体の芯にしっかりと存在している。

たった4ヶ月だったけど、一緒に生活したあの時間は、僕達にとって、大切な記憶。LAXに向かう車の中で、僕達はお互い何も言わず「それぞれの記憶」を反芻し、感じていたのかもしれない。

Century Blvdを左折。もうすぐLAXに到着する。あと5分。その時、突然彼女が言った。「タケル、約束(Pledge:固い約束)してくれる?」突然の言葉に戸惑う、僕。「Promise(ただの約束)、じゃなくてPledge(誓い)?」「そうよ、Pledge」その時の彼女の表情を、僕は一生忘れられないだろう。

まっすぐ前を向いて彼女は言った。「楽しかったわ、タケル。本当に。これから私は大好きだったあなたの国に行くわ。」

「大好きだった、かい。うん、わかっている。僕もさ(Same to you!),Steph」
「そう、過去形。でもね、過去(昨日)がなければ今(今日)はないし、昨日と今日がなければ、明日はないでしょ!」
「・・・・そうだね(You bet!)・・・・」
「だ・か・ら、私はあなたの生まれた町Tokyoに行くのよ」
「うん、何回も何回も、それを僕も一緒に行こうか(帰ろうか)って考えた・・・」

ちょっとした静寂・・・

「私がLAXを飛び立って、4時間経ったら私のことを思い出してね。そしてあなたの心の中で一杯私を抱きしめて。」
「うん、4時間だね。午後1時半だね。わかったよ、ステフ!約束する。誓う(Pledge)よ!」
「ありがとう、タケル」
「でもなぜ?なんで4時間後なの?」
「あなたのことを、忘れるためよ・・・」

意外なほど明るい表情で彼女は言った。
「??????」

LAXに到着してからのことは、ここで敢えて書くまでもない。僕達は「諸般の事情で」別れる、「フツーの恋人達」を、ごくごくフツーに演じ、(典型的な映画みたいに)涙を流す彼女を、やさしく抱きしめ、じゃぁねって言って、サラリと別れ、お互い後ろを振り返ることなく、それぞれの道を進んだのだった。

午後1時半。彼女のフライトがLAXを離れてから、4時間が経過。ずっと彼女を感じていたのだけど、僕は彼女との約束どおり、あらためて彼女を想い出し、彼女を心の中で抱きしめた。

また、彼女の髪の香りがよみがえってきて、胸の奥がきゅんと軋んだような音がした。

その瞬間、理解した。4時間。彼女は日付変更線をその時越えたのだ。

彼女は「明日」へ行き、僕は彼女にとって「永遠に昨日」にいることになった。つまり「僕達は永遠に{会えない}」のだ。どちらかが太平洋を越えない限り。それが簡単なことはわかっているから、だから逆に彼女の気持ちを痛感させられたのだ。

そのとき、僕の心の底から笑いがこみ上げてきた。

USCで心理学のメジャーでカムロディーをとっただけのことがある。さすがだ!あっぱれ!!!バカな僕は、完膚なきまでに、フラレたのだってことに、その時初めて気付いたのだった!

フラれたことは悲しかったけど、あまりにも天晴れな女性(オンナ)だと。でも、この笑いは僕を救ってくれた。そんな天晴れな女性(オンナ)に恋したことは光栄なことだってさえ思わせられたから。(小説「約束」続く・・・, drafted on 5-17-2006, by Marc)