4月29日に行く予定の岩手県の山田町というのは、陸中海岸のど真ん中。釜石の北、宮古の南。釜石はかみさんの故郷という事で、結婚してから何回も訪れた事が有る。釜石の北にある浪板海岸では子供達が小さかった頃に数日間キャンプをして夏休みを過ごした。美しい海岸線、豊かな海の恵み、松茸や山菜、温かい東北の人たち。大好きな場所だ。今回の震災ではこの辺りに大きな被害が出た。釜石、大槌、山田、宮古。僕の知っているあの美しい陸中海岸の町は殆ど壊滅してしまった。山田の船越湾の津波映像は震災後何回も放送されて目に焼き付いてしまったくらいだ。今回、この場所に僕が医療支援に行く事になったのも、仏縁なんだと思う。この29日は3月11日から数えて、四十九日。このタイミングも何かの縁だろう。
週末からさかんに情報収集しているが、現地の生の声というのはなかなか聴こえてこない。被害が甚大だったこともあり、自衛隊をはじめいくつかの医療チームも活動中のようだし、徐々に日常生活は回復しつつあるとの事。でも実際には、被災した人たちにとって復興にむけての苦難の道はたぶん始まったばかりなんだろう。その意味では「被災地」といっても、仙台、石巻、釜石、宮古などの「災害拠点」にはある程度物資も人も届いたという反面、最前線はまだまだ足りてない、という格差が存在する。医療に関して云えば、もともと過疎地で、たぶん地域医療を現場のぎりぎりの努力で続けていた場所なのだからさらに格差があるのは残念ながら自明だ。その現場で必死に生活を取り戻そうとしている人たちをどれだけ継続的にサポートし続けることができるか?が、これからの僕らの課題だろう。僕らは皆、自分のできることをベストを尽くして、粛々と活動するしかない。医療だけでなく一般ボランティアも、なかなか入り込む事が出来ない場所なので、一般の生活を取り戻し被災した人たちが本格的に動き出すためには、これからのフェーズが大切な「次のステップ」になるんだと思う。
今日の先発隊の情報によると、「ライフラインは、電気○ 水道△(一部使用可) ガス× 通信:固定電話○(予定) docomo○ au一部可 softbankほぼ不可」とのこと。えっ、i-phone使えないし3Gもアクセスできないってことか!今も現地からの情報発信はなかなか困難な状況。つまり、こちら側から見れば「サポートしたいのに情報がない」ということは、向こう側から見れば 「情報を発信したくてもその術がない」ということなのだ。今さら実に当たり前の事実に気付いたりして。「表題」については、今後要考察。メモとして記しておく。