Professional courtesyという慣習が我々の業界にはある。初めて知ったのは1985年のアメリカ生活の時。ランチを病院のカフェテリアで食べていたら歯冠がとれてしまい、困っていたら上司がすぐに歯科医を紹介してくれて、Pasadenaの豪華なオフィスでその日の午後に治療してもらうことになった。一体いくらかかるのかな?と不安だったら...彼は笑って、"It's professional courtesy!"ですべてタダだった。ほほう、と驚いたもんだ。それ以後、アメリカでもニュージーランドでも、僕も家族もちょっと診察してもらったり治療してもらったりする場合にはだいたいこの「業界のお約束」だった。ただし、このWikiの記述にあるように、このタームにはアメリカでは「業界内の特別のお目こぼし」的なニュアンスがあって、社会的な問題になっているのだけれど、基本的には「業界内の大らかな慣習」ではあった。
じゃ日本はどうかというと、そういう同業者を経済的に優遇する慣習は、原則「ない」。というのは、日本の場合には国民皆保健で、医療というものが「公的なシステム」だから、欧米と比べて日本の医療費はそもそも極端に安いし、自己負担分も3割。さらに限度額を越えたら超過分が戻ってくるわけで、そんな患者に優しいシステムは世界中どこをさがしても希有なのだ。ということで、多少の「配慮をする」くらいのことが日本の場合のprofessional courtesyということになる。
実際、医師や医師の親族が医療施設に入院した場合、現場は結構やり難いものなのだ。医療のプロであればあるほどそれを知っているので、現場の様々なことに口を出す事は憚れる。通常の感性と常識を弁えてる人なら「すべてお任せします。どうぞよろしく」とするのが、もっとも「両者にとって望ましい関係」なのだ。日本特有の阿吽の呼吸というか・・・その辺はある意味難しいのだけれど。でも、たまにその暗黙のルールが判かっていない無粋な輩がいて、Professional Power Harassment(PPH)で現場が混乱することがある。喩えていえば、客船に別の船の船長がプライベートで乗客として乗っていたとして、その人があれやコレや船の操船に関して口を出したとすれば、現場は混乱する訳だよな。「船頭多くして船山に上る」ってこと。人の振り見て...って話なんだけれどね。
一方で、今日内科の外来に来ておられたA先生は立派だった。満80歳を期に一昨年自由が丘の開業クリニックを閉院して、悠々自適の生活をなさっている。そのA先生が、通常の区民健診を受けに今日外来に来られた。彼の50年年以上の医師としての経験からすれば、応対した20歳代の女医さんなんか孫みたいなもんだ。僕は、隣の診察ブースから彼らの診察の会話を聞いていて、思わず唸ってしまった。大先輩の医師なのに実に謙虚で素直な患者なのだ。それが若い医師に対するやさしさであることが、僕にはよくわかる。診察終了後に、A先生にご挨拶をしたら、彼は引退後世界中を飛び回っていて来週からフランスに撮影旅行に行くとの事だった。ああいうカッコいいジジイ(失礼!でも本音です)になりたいもんだって、思った。