彼岸(ひがん)とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」という。「彼岸会(ひがんえ)」は、仏事雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた7日間のこと。俗に、中日に先祖に感謝し、残る6日は、悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目、六波羅蜜を1日に1つずつ修めるためとされている。
浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は西方の遙か彼方にあると考えられている(西方浄土ともいう)。
春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりである。もとはシルクロードを経て伝わった、生を終えた後の世界を願う考え方に基づいている。心に極楽浄土を思い描き浄土に生まれ変われることを願ったもの(念仏)と理解されているようだ。
(Wikipediaより一部抜粋)
六波羅蜜多
布施:人に優しさを与える事
持戒:十善戒 正しい事をすること
忍戒:じっと我慢すること
精進:何事も一所懸命になること
禅定:座禅。心の安寧
智慧:道理にかなった知恵。慈悲心
昨年末に亡くなったオヤジの秋の彼岸。そっかー、彼岸の7日間というのは本来は生きている(此岸にいる)人間が「死(向こう側の岸)について真面目に考える」時間なんだ。大人の常識としての仏教については、まだまだ知らない事ばかり。残りの人生を豊かに生きるためには、必須の知識かもしれない。ジジイ臭いかもしれないけれど、これを知るのと知らないのとでは大きな違いがある気がする。