June 21, 2008

Bookstores

今日は午後から、健康スポーツ関連の医学書を探しに神保町へ。「さとう」のつけ麺の昼食を食べてから、目的の本を探すのに1時間、その後いろんな書庫を見ているうちにあっという間に3時間経ってしまった。至福の時間。

昔から本屋さんは好きな場所のひとつ。外国の知らない街に行ったら必ず一回は立ち寄るのは、その街で一番大きい本屋さん。その場所の知的な「旬」を一番感じる場所だから。

僕が小学生のころ住んだ家(文京区小日向、じょうじ君の家から走って30秒の場所だ)の近くの江戸川橋に、いわゆる「街の本屋さん」があった。おじさんとおばさんが店番をやっている小さな本屋さん。正面の入り口近くには週刊誌などの雑誌や漫画本、左に入ると新刊本の棚があって、その奥に子供向けの本があった。当時は「配本」という制度があって、月刊誌とか定期購読している書籍をそこの従業員のお兄さんが自宅まで毎月届けてくれたなぁ・・・。当時、親が「中央公論」とか「文藝春秋」を定期購読していたし(僕も大人の雑誌をしばしば隠れて読んでいた)、僕と3歳上の姉には、学研の「学習」と「科学」を配本してもらっていた、と思う。

そのお店で本を買う場合「つけ」がきいた。たぶん教育熱心だったオフクロの考えだったかと思う。あるいは戦争でどん底生活を余儀なくされた後に、苦学して大学に行ったオヤジの考えかもしれない。彼は若いころ本に飢えていたという辛い時代の話を僕と姉によくしていたから・・・。当時の人たちはみんなそうなんだろうけど、自分の子供には苦労をかけたくないと思ったのかもしれない。1960年年代、「三丁目の夕陽」の時代の話だ。

とまれ、僕は、その江戸川橋の本屋さんに行けば、好きな本を好きなだけ(それも親の「つけ」で)買うことができた。少年向けの江戸川乱歩の明智探偵シリーズとか、岩波少年少女文学シリーズとか、講談社や小学館の子供向け文学シリーズとか・・・。もちろん少年マガジン、少年サンデー、ちょっと大きくなってからは少年ジャンプなどの漫画雑誌も、好きなだけ持って帰ることができた。その度に、店のおじさん&おばさんは、にこにこして本を包んでくれたっけ。中学を卒業するくらいまでは「つけ」で本が自由に買えた記憶がある。まあ、その後は親に知られたくない小説や雑誌(爆)を買うことも多くなり、日本の高度成長期とあいまって、大型書店の時代が到来したのか・・・その辺は解らないけど、いつのまにかその「街の本屋さん」も店を閉めちゃったと思う。高校生の時にはその本屋さんの記憶がないから。

本屋さん。好きだな。これからも神保町には通い続けるんだろうな。