October 13, 2007

ターミナル・ケア

午前は、いつものと変わらぬ忙しい土曜日。リスクの高い小手術を一件。うまくいって、ほっと一息。

その直後、病棟のナースからコールがあり、がんの末期の患者さんが僕と話をしたがっているとのこと。遣りかけの仕事を中断し、彼女の病室に向かう。布団をかぶって、膝を抱えて泣いているみたいだ。布団の表面が時々嗚咽で震えている。元気な魚屋さんのおかみさん。気丈な人で、今まで人前で泣いているのを僕もスタッフも見かけたことがない。そんな彼女が朝から泣いている(らしい)ので、今日の受け持ちのナースが心配して主治医である僕をコールしたわけだ。

できるだけ穏やかな声で話しかける。まずは挨拶。そして窓から見えるここのところずいぶん秋めいてきた風景を話す。

正直な気持ちで心から共感すること、傾聴すること、出来る限り一緒に居てあげること、それしか僕らには出来ないのだ。医者である前に、その人と真正面に向き合うこと。死と直面する彼女の悩みを理解する「ふり」なんか、とても出来ない。今現在、死と向かい合っている彼女にとって、見かけの「やさしさ」というアブラートに包まれた、心にもない「嘘」ほど辛いものはないだろう。少なくとも僕が今の彼女の立場だったとしたら・・・、そう思う。

布団から顔を上げ、僕を見つめる。薬が効いていて痛みは全くないようだ。意外なほどすっきりとした表情にほっとする。

今わかっている医学的な事実を、できるだけわかりやすく彼女に伝える

静かにうなずく彼女

「質問があれば遠慮なく言ってください」
「もう十分に聞きました。先生は真剣に、いつも嘘を言わず答えてくれたので、何の疑問も質問もありません、今は」

でも、さっきまで揺れて震えていた布団が彼女の気持ちを表していた。人の心の奥にある哀しさをわかりあえることなんてありえない。だってどんな人間だって「その人」にはなれないんだから。

堰がきったように話をする彼女。上体を起こすと、浮腫んだ下肢が辛そうだ。横になることを勧めるが、遠慮なのか、そのままでいいと彼女が言う。

約10分間、話し続ける

「家族に迷惑だけは掛けたくない」という彼女の希望を、シカと受け止めてあげる。100%は希望に添えないかもしれない、だけど僕らはベストを尽くす、と約束する。

最後に彼女は泣きながら微笑んだ・・・
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明日の朝には 短い時間でも 家に帰れますか?
もしそうなら 今日の夜の寂しさには 耐えることが出来ます

涙は、こんな時のために あるんだから
思いっきり 泣けばいいんだ 今こそ
 
愛する人達には わがままを 言うことが 辛いなんて
あなたらしい です
愛する人達にさえ 今 わがままを 言えないなんて
あなたらしい です

でも

そんな 今にも折れそうな 心の叫びに
僕らは 一所懸命に 耳を傾けて
約束した

ひとりで 頑張るのは もうやめましょう
どうか 僕らにも あなたと一緒に 頑張らせてください

もし どこかに 神様が いるとしたら
きっと その涙の意味を わかってくれるはず
僕らが 一緒にいてあげられる時間は
限られているかも 知れないけど

ひとりで 頑張るのは もうやめましょう
どうか 僕らにも あなたと一緒に 頑張らせてください
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隣に居たナースのほうが泣いてしまっていた。

おいおい、僕らはプロなんだぜ。泣きそうになっても患者さんの前では泣いちゃいけないんだよって、病室から帰り、ナースステーションで彼女に諭した。正直に告白すると、一番泣きそうだったのは僕だったんだけど。