July 5, 2007

刹那

昨夜、大学の後輩から携帯に連絡があり、共通の友人が先日緊急で入院していたことを知った。僕からみれば後輩、彼からみれば先輩の医師仲間。半年くらい前に会った時は、いつもと全く変わらず元気だったのに...。

僕らは日常的に、明日のことを考え、来週、来月、来年...ちょっと先からずっとずっと先のことを考え、予定や計画を立てたり、いろんなことを期待したり、心配したりしているけれど、それがいかに脆く儚いことなのかってことが、こういうことがあると痛感する。

仏教でいう「刹那」というのは、たしか一秒の何千万分の1の長さ(比喩的な意味で)だったと思うけど、生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで、その刹那の連続性が人生なのだとすれば、一言で言えば「今のこの時(すぐ過ぎ去ってしまって認知できないほど短い刹那)こそ、人生楽しまなくちゃいけないな」って思うわけだ、スピリチュアルな見方をすれば。

ただ「享楽的な」「刹那的な」という形容詞には、どうも悪いイメージがあるんだけど、言葉の持つ本来の意味でいえば「正しい」わけで、それの総和がその人の人生の軌跡、というか価値なんだと思う。つーか、人生の評価なんていうのは意味がないな。自分にとって納得できるかどうか、っていうことなんだろう、自分が死ぬ時に。

そんなことを考えながらお酒を呑んだ昨夜。