http://redondonokaze.seesaa.net/article/277278570.html
「レドンドの風」
June 30, 2012
June 27, 2012
スルーするという選択
予定通り化学療法の2クールが開始。食欲もあるし特に痛みや吐き気などの不快な症状はないんだけれど…一日中眠たい。ちょっと油断するとすぐ寝入ってしまう。走っていて体感する自分の速度と実際の速度に、ずいぶん乖離がある感じ、というか。ま、焦っても仕方ない。ダメな時はダメ、スルーしましょ。
書きかけの課題や今考え中のことなど、たくさんある(どんどん増えている)んだけれどLet it be
書きかけの課題や今考え中のことなど、たくさんある(どんどん増えている)んだけれどLet it be
June 25, 2012
へえ、2000ログだって
2006年の5月にこのサイトを開いてから今日で2000ログだそうな。つまり2000本のなんらかのアイテムを投稿していることになる。自分では全然意識していなかったけれど。あっという間のような気もするなあ。
http://sandgem.blogspot.jp/2006/05/sand-gem-bbs.html
ちなみに、↑これが第一声。
当初は音楽活動のことを中心にメモ的に記録する意味で書いてたのだけれど、徐々に自分のための生活記録的なものになり(これはもちろん、さとなお君の影響が大きい)今に至っている。いつどこで何をやったとか、観た、聴いた、読んだなど、(本当に些細な事ばかりではあるけれど)日々の生活を記録していることで、過去の自分の行動を容易に振り返ることができる。継続することで予想していた以上に大きなメリットがある。部分的とはいえ、これだけでもウェブ上で永遠に残る「自分史」があるわけだ。その意味では、僕は時代に「間に合った!」と感謝するべきなのだろう。これは前に書いたEpitaphの話に繋がるわけだけれど。
http://sandgem.blogspot.jp/2006/05/sand-gem-bbs.html
ちなみに、↑これが第一声。
当初は音楽活動のことを中心にメモ的に記録する意味で書いてたのだけれど、徐々に自分のための生活記録的なものになり(これはもちろん、さとなお君の影響が大きい)今に至っている。いつどこで何をやったとか、観た、聴いた、読んだなど、(本当に些細な事ばかりではあるけれど)日々の生活を記録していることで、過去の自分の行動を容易に振り返ることができる。継続することで予想していた以上に大きなメリットがある。部分的とはいえ、これだけでもウェブ上で永遠に残る「自分史」があるわけだ。その意味では、僕は時代に「間に合った!」と感謝するべきなのだろう。これは前に書いたEpitaphの話に繋がるわけだけれど。
June 24, 2012
かぜさんオフ会
かぜさんのオフ会があることは事前に知っていたけれど、まさか実際に歌っちゃうなんて実は思ってなかったんですね。でも昨日久しぶりにじょうじ君と話していて急遽参加させていただくことに。
http://www.satonao.com/archives/2012/06/40_2.html
かぜさん、こらあげん君、さとなお君、幹事のHecoさんはじめ、皆をびっくりさせてスミマセンでした。一応サプライズということで、当日朝までどうなるかわからなかったけれど、いつものメンバーさんたちに温かく迎えていただき、本当に嬉しかったです。みなさんから手書きメッセージも頂き感激。
いつもは饒舌なくせに、こういう場でちゃんと皆さんに挨拶したりお礼を言わなくちゃけない時に話せない失礼なヤツで、ほんとうに申し訳ありませんでした。
一段とアップグレードした、こらあげんのトークはやはり最高に楽しかった。
きょう、ぶっつけ本番で「携帯電話のなかった時代」と「猫目地蔵」を生歌で歌わせてもらったのは、皆さんの優しさだよなあ…としみじみ、今思ってます。せめて1−2回くらい練習とか打ち合わせしとけばよかったな(笑)。でももう少しリハビリして元気になったらライブをやれるかも…って希望と勇気が少し湧いてきたりして…。感謝感激の一日だった。
http://www.satonao.com/archives/2012/06/40_2.html
かぜさん、こらあげん君、さとなお君、幹事のHecoさんはじめ、皆をびっくりさせてスミマセンでした。一応サプライズということで、当日朝までどうなるかわからなかったけれど、いつものメンバーさんたちに温かく迎えていただき、本当に嬉しかったです。みなさんから手書きメッセージも頂き感激。
いつもは饒舌なくせに、こういう場でちゃんと皆さんに挨拶したりお礼を言わなくちゃけない時に話せない失礼なヤツで、ほんとうに申し訳ありませんでした。
一段とアップグレードした、こらあげんのトークはやはり最高に楽しかった。
きょう、ぶっつけ本番で「携帯電話のなかった時代」と「猫目地蔵」を生歌で歌わせてもらったのは、皆さんの優しさだよなあ…としみじみ、今思ってます。せめて1−2回くらい練習とか打ち合わせしとけばよかったな(笑)。でももう少しリハビリして元気になったらライブをやれるかも…って希望と勇気が少し湧いてきたりして…。感謝感激の一日だった。
June 23, 2012
身体が覚えている
数日前から実は密かにギターを持ち込んでいたのだけれど、新しい弦を張ることと、もしうまく弾けなかったらさらに凹むだろう…という不安感があって、今まで躊躇していたのだ。今日はじょうじ君に来てもらってセッティングをしてもらった。つまり背中を押してもらったわけだ。やはり持つべきものは友だねえ。ありがとう!
弾いてみたら…ぐふふふ。そこそこ弾けるではないか!
ただ3週間前の状態だったら絶対に難しかった。それと楽器そのものを触る気力さえなかっただろう。とにもかくにも、これは昔取った杵柄。身体が覚えているもんだ。もう3ヶ月ギターを触っていないわけだから、巧く弾けないのは仕方がないけど、一応弾けるということを確認できて幸せ
画像はHD28-VC(Vintage Custom) 一番の気に入りのギター
病室なので音が出せないので、sound suppressorを装着。ふふふ、これが渋くて予想以上の効果を発見。スタジオで新しい音源を録音する日が来ることを夢みて、それを糧に頑張ってみるかな。弾かないまでもギターを触っているだけでリハビリになるし。
June 21, 2012
June 19, 2012
Marc, marc, まーくの由来
僕がいわゆ「パソコン通信」(うわあ、なんという懐かしい言葉!、死語)を始めたのは1985年か1986年。アメリカの研究施設に当時、ものすごい勢いでビジネス部門に参入していたIBMが、ATとかXTのMS-DOSのマシンを全米の研究機関に「配った」んだと思う。ある日突然オフィスがPCだらけになった。この劇的な変化は世界中で起こったわけだけど、総論はさておき、PC同士が繋がる「通信」に関しては僕は随分初期の頃から関わることになったわけだ。音響カプラーで、ぴ~が−と通信を始めた頃からすれば現在の状況は、隔世の感がある。
まず仕事場の通信はCompserve、日本に帰った1988年からはNiftyserve。当時の新しもの好きたちはこぞってその世界にハマった。
アメリカのCompserveのころからすでにフォーラムや会議室が多数存在していた。この時点ですでに僕はmarcと名乗っている。アメリカ時代はmitsuyoshi, ie., mitsu だった。いつのまにかmarcになったのは、単に呼び易かったからだろう。だからアメリカ時代の友人たちMitsuで1988年以後marcになっている。他にもMarkが多数いたことともあり、わりと自然にmarcになった。以後、日本語でのやり取りでのハンドルネーム(うわっ!懐かしい響き)はmarcになっている。たしか初期の頃はIDでも認証していたと思うので、ハンドルネームは今から思えば懐かしい。もう20年以上前のことなのに、未だに親しくお付き合いいただいているメンバーもたくさんいる。
インターネットが普及していったのはもっと後で、多分1995年ころだと思う。ニュージーランドの病院生活を紹介していた「ウェリントン通信」(という連載があった)は、まだパソ通との移行期だったと思う。
ただ、1988年以降、アメリカから帰ってからのネットを介したお付き合いは、以後marcなので、その意味では「本名」みたい(ある意味では芸名みたいなもんか)になっていいる。ちなみにその後ニュージーランドのライセンスにもMarcをミドルネームで入れてある(その辺りはテキトウ(笑)。
長い間中断していた音楽活動やブログ、其の他の本名以外での文章もMarcないし marcにしてあるのはただ単に僕が自分的に区別を付けたいだけで、とくに理由はなし。ただ、自分的にはmarcさんとか呼ばれると「安心する」というか「本来の素のリラックスした自分」に戻った感じがするんですね。
というこで、何故 marc, Marc, まーくさんなのですか?という質問の答えです。
だれも聞いてないか(爆)。
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