助けあいジャパン

June 30, 2011

ぴーぽーくんの憂鬱と倫理的考察の一日


7時半から東京☆消防庁☆相談センター(☆は検索回避)。今日も様々な医療相談のディレクション。守秘義務があるのでここには書かないけれど、本当にいろんな相談がある。連れて行った研修医のF君にもいい経験になっただろう。おお、そういえば救急医療部門のHさんと久しぶりにセンター内で会った。彼の発災翌日から被災地視察の話など。こういう我が身を挺した任務遂行がその後のサポートの基礎になったわけだ。心よりご苦労様、と伝えた。勤務後、購買部でTFDレスキュー・チームのオフィシャル(たぶん)Tシャツをゲット(ふふふ)。

昼ご飯は共栄堂のカレー。うまし。こういう酷暑の日の昼ご飯はやはりカレーだ。午後から用賀に移動して施設在宅往診。USE(ウルトラスーパー・・・以下略<笑)あいちゃんにSmith'sで見つけた指サック(滑り止め)をプレゼント。ちょっとかわいい色なんだよね。気に入ってくれたみたいでよかった。画像は施設に飾ってあった「ひまわり」。そういえばゴッホのひまわりもこんな感じの「もへもへした感じ」のひまわりだったな。帰路突然降り始めた雨の中、用賀まで車で送ってもらい、ジムへ直行し軽く10本500m泳いでから、18時すぎに病院へ戻った。

夜は「倫理委員会」@八沢川。トリウミくんとコヤマ先生に正式にメンバーに入って頂き、今夜はなかなか深い内容で盛り上がるディスカッション。たぶんこのアイテム3回分位くらいのコンテンツがあるはずだ(笑)。そんなこんなで高カロリー&盛りだくさんの一日。

June 29, 2011

酷暑の夜に暴れ回る辛さに悶絶する



朝一、8時から経営会議。本年度はまずまずのスタートが切れたみたいだ。それもこれも優秀なスタッフのお陰だ。僕は先頭というか神輿の上で旗降っているだけなんだけどね、実際。有り難いことだとしみじみ。次のステップに向けて、これまで考えてきたヴィジョンをそろそろ明らかにしてもいい時期かも・・・などど考えつつ。

酷暑の一日だった。いくらなんでも梅雨は明けたんだろう。肌にぎりぎりとひりつくような陽光、重ささえ感じる暑い風。エコで冷房は絞っているもののやはりさすがにそのままではキツかった。これからの夏本番にむけてまだまだ工夫が必要だろうな。夜は、山田町医療支援の「同窓会」的な会@永利(池袋)。画像は激辛「牛肉水煮」。スクエアにしてソリッドで鋭角的な辛さ。参加者全員が「うむむむっ」と唸りつつ爆食。白いご飯にぶっかけてわっしわっしと頂く。汗が吹き出し、口腔内に辛さが暴れまくったけれど、その後の爽やかさに感激。これはここんちしかない味だわ。

June 28, 2011

月のセレナーデ



画像はこの週末に山田町に行っていたこーめい先生のお土産。花巻にもワイナリーがあるんだね。復興支援の一助になればいい。キンキンに冷やして一緒に頂いた小岩井牧場のチーズスティックをおつまみに頂きます。ありがとうございました。

山田町の写真を見せてもらったら、この3ヶ月あまりで復興に向けて確実に動いているのは解るのだけれど、まだまだ道は遠い。彼の地の人たちが、心から寛いて本来の生活に戻るまでには、まだこの先気の遠くなるような労力とお金が必要なんだろう。いしじゅんさんが言っていたように、世界最大級の災害には世界最大級の優しさが必要だ、確実に。

僕らがサポートしていた県立山田病院の仮診療所が、市街地からちょっと離れた山の上の方の町営グラウンドに完成して、来週から診療がはじまるとのこと。震災前から医療過疎だった地域で、被災後に医療の灯火を消さないために現場の人たちは必死に頑張っていた。都会にいる僕らが出来る限りのサポートをするのは当たり前のことだ。そして次のステージに入った。これからは震災直後と違って「立ち位置」が難しい。被災地の人たちの本当に望んでいる「これからの医療サービス」を、現地のスタッフの「邪魔にならないように」継続的に支えるような体制が望ましい。言うは易し行うは難し。

仮設住宅もどんどん建ち上がっているらしい。多くの人々の「生活する場」がごっそり流されて「無」になってしまったわけだから、総論で「リセット」したとしても、各論では様々な問題があるとのこと。ううむそうだろうなあ。個々の人生がかかっている問題だから、文字通り「命がけ」の決断を迫られる。そういう人たちのストレスを思うと心が痛くなる。

瓦礫は、僕の行った時期の画像と比べてみると、確実に減ってはいるものの町にはまだ生活の匂いは全然なく、あのころと基本的に状況は変わっていない。でも、パチンコ屋さんが開業したり、100円ショップが開店したり、洋品店(しまむら)が開店準備をしていたり、郊外のモーテル(ラブホ)は盛業中とのことで・・・、生き残った人たちのヴァイタリティはしっかりと前に向かっているらしい。うれしい。

僕は今後も山田町のサポーターでありたいと思う。たぶん年単位のことになる。差し当たり来月、遅くとも8月にはもう一度、東北を訪れるつもり。

June 27, 2011

嫌ならヤメればいいじゃん、という覚悟について(メモランダム)

今週はスケジュールがぎっしり。昼間のルーティン&サブルーティンがたてこんでいるだけでなく、夜の予定もエクストラで毎晩続く。昨日の夜カレンダーをチェックしていて思わずsigh。でもね、そうなんだ、これではダメだと即反省した。

自分の仕事や立場や役職や役割は基を正せば「すべて自分で決めて始めた事」であって、不可抗力で強要されたり無理矢理していることではないという事なのだ。つまり自分で納得してはじめた事だとすれば、それに付随する忙しさや責任の重さとか非難とかに対して、不平不満を言うのは、まったくスジ違いなのだ。それが嫌ならヤメればいい訳だし、そんなつもりも覚悟もないのであれば「やるしかないだろう」というシンプルなロジック。あらためて考えてみれば、今週なんて忙しいだけで別になんてことないスケジュールで、ちょろい・ちょろい(笑)と。ジムに行けない事とか家での食事ができないこととか睡眠時間がたぶん少ない事とか新しいギターが弾けないこととか・・・今週の不満の種なんて本当に些細な事なんだ。

そんなこんなで第一弾は、埼玉で理事会、全体会議。22時帰宅。軽いぜ(笑)。
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以下、メモランダムとして
いったん投稿して読み直して思った。これは教育論なのだ。子供の頃から減点主義だと「自分にとってネガティブな状況」に対して自己保身的な反応をするようになる。怒られてばかりで育った子供は、何か不都合な事が起こった時に反射的に「言い訳」を言うようになる。こ戦後の教育システムのなかで団塊世代の受けてきた教育はまさに熾烈な競争原理に基づく受験戦争を基盤にしたもので、これはたぶん今50歳代の僕らの世代のちょっと下まで続く。僕らの世代の「言い訳」の上手さは、その教育の裏返しなのだ。今日の経産省「西野審議官」のスキャンダル(といえるのか、こんなチンケな報道を)に対する彼の反応。このみっともない言い訳のしかたが実に典型的。さらにそれを「鬼の首を取ったように」報道する週刊誌の程度の低さ。その雑誌の発行人は僕の幼稚園&小学校の同級生(爆)。あーあ、話がずれるけれど。

その後のプレ団塊ジュニア世代(今40歳代前半から30歳代後半)はバブル破綻前に育った世代で日本の爛熟期に育った。「ま、いいじゃん」の無責任世代。その後は自分の存在がいつも揺らいでいて自信が無い「自分探し」世代、さらには「ゆとり教育」という訳の解らない亡国思想の教育を受けた「茫洋世代」、その下はその反省というか反動の影響を受けた世代。

それぞれの世代の「言い訳の仕方」とか「責任のとり方」とかについて比較検討して考察するのは面白いテーマだ。

June 26, 2011

まーく5号:あやちゃん

6時過ぎに起床して午前中はネット作業やら掃除、テラスの整理、さらには溜め込んだ本の同時進行読書など。FBでボランティアでリサイクルの鉢植えを山田町に送ったといいう岩手日報の記事に出会ったことで、彼の地の現状についてリサーチを始めたら、今日の午後「山田町合同慰霊祭」とのこと。3ヶ月が過ぎやっと一区切り。そういう時期になったということか。しみじみと山田町で出会った人たちに想いを馳せる。山田町に今朝から行っているこーめい先生に早速メールした。

12時に神保町でじょうじ君&星くり君(SSU)と待ち合わせ。いつもの中華で乾杯しキンキンに冷えたビールをぐびりとしてから今日の作戦開始。ライブ用の新しいギターを買うべく物色するのが目的だ。大人なんだからたかがギターを買うのに「つるむ」ことはないんだけど(笑)。まず星くり君のアドヴァイスでHobo'sという小川町のギター屋へ。僕らは神保町は中学生の頃から歩き回っていて結構知っていると思っていたけれど、こんな名店が地下にあったなんて知らなかった。センスのいい逸品ばかりの品揃え。今日は日本のギターSugiやYokoyamaを弾き比べる。Yokoyamaは中古品だけれど新しくきれいなギター。優しく円やかな音。さすがに音鳴りはすばらしく、単音だけでなくストロークのバランス。作りもYokoyamaらしく美しい。このギターは値段が新品のほぼ半額というのも魅力的だった。ただねえ、残念だったのはトップのデザイン(この画像の形)がイマイチ好みじゃないこと。
それにしても、あのクラスの日本のギターの実力はダントツだと思った。喰わず嫌いだったから知らなかったけれど、同じくらいの値段のMartinでは全然及ばないくらいの差があるかも。目からウロコの発見。

その後、Dr.Soundsで2週間前に一目惚れした例のギターをあらためて弾き直す。キラビやかでヴォリュームのある音。小ぶりでライブ用としては取り回しが良さそうで、(あとで知ったけれど)フィンガーピッキング用に開発されたというギター。同時に12年間主にライブに使用したOvation Custom EliteはDr. Soundsにトレードインした。その後はいつものムームーダイナーで今年後半の作戦会議など。新しい彼女は酔っぱらいオヤジたちによって「まーく5号:あやちゃん」(えっ?)と仮命名。その後は「世界の山ちゃん」へ移動して、むふふの手羽先を各自お土産に。いい日曜日。

June 25, 2011

インとアウトを意識しないとシュリンクする

これはネットで書評を読んだり話題の本を見つけた場合には、アマゾンで買う事が多いのだけれど、基本的にはやはり本は本屋さんで選びたい。というか、昔から本屋さんの空気が好きなのだ。本屋さんという「場」に関しては子供の頃の本屋体験も原風景としてあるのだろう。最近では、「本を選ぶ」ということそのものがエンターテインメントになっていて、いろんな新しいパターンの本屋さんがあって楽しい。店のポリシーとセンスの差も大きいけれど。今日の午後は自由が丘のBOOK 1stで2時間。小説2冊、対談集1冊、新書1冊、講演集(講義録)1冊、雑誌Mook 1冊。あーあ、これから読む本がどんどん増えていく。てか、これが僕のパターンだけれど。本を買う気になる時は、わりとポジティブな気分の時。日々の生活が刺激的で様々な体験が糧になる若い頃とちがって、インプットとアウトプットを自ら意識してし続けなければ、どんどん自分がシュリンクする危機感がある。その後はジムに寄りがっつり泳いでから、夜は家族で飯田橋「おけ以」をリピート。むふふふっと、今夜も大満足。

June 24, 2011

今だから笑って言える時代のこと

毎年恒例の医療連携の会@自由が丘。もう14回目になる。改めて時の流れの速さに驚く。

開院当初は文字通り「オープンホスピタル」として病院の待合ロビーで研究会や講演会をして、連携医(アテンディング・ドクター)と語り合い、病院の紹介や連携の組織作りをしたものだ。規模も徐々に大きくなり、近くの中華レストランでやるようになってから、もうかなり経つ。7ー8年か。今でこそ笑い話だけれど、開院当初は医師会からバッシングを受けて、日々気苦労が多かった。それに突然やって来た「正体不明のよそ者」に対する地域の厳しい目。ヘンな噂を立てられたり。当時僕は40歳になったばかりで、自信過剰でコワいもの知らずだったので、院長などというストレスフルな仕事を引き受ける気になったんだろう。ワカゲノイタリともいえるし、まさしく人生における「縁」なのだけれど。

自分たちにできることを真摯に正直に心をこめて診療すること(だってソレしかないじゃないか!)、それを日々継続することにより、少しづつ少しづつ周囲の信頼感を熟成していったのだ。そう、まさに「信頼を熟成」すること。「戦略」というより「そうせざるを得ない状況」だった。数年経ち、僕自身医師会の仕事に関与するようになって、地域の医療を俯瞰的に観られるようになった事も大きいと思う。

日本中の小規模の急性期病院が厳しい医療情勢の中で四苦八苦し、ばたばた倒産や廃院する中で、僕らはチームワークとフットワークだけを武器にして何とかサヴァイヴした。もちろん、病院グループ(TMG)からの支援なくしては成し得なかったことは明らかだ。そして、あっという間に14年。医師としての仕事は現在進行形で過去を振り返って、まだ「総括」する歳ではないけれど、小さいながらも組織をとりまとめる立場としては、あの辛い時期があったから今の自分(と「場」としての病院)があると、常々自戒することにしている。
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