今週は不安定な天気に翻弄された一週間。まだまだ続く感じ。この時期はふつうは「台風」の季節なんだけどな。日本はもはや亜熱帯気候に入ったってことを認識しなくちゃいけない。風土気候が変われば、当然だけど、世の中の「習慣」とか「常識」とか、もっといえば「文化」だって変わってくるはずだ。
天気というのは、皆が同時に(日常的に)体験することだから、それによる(日常的な)「変化」は当事者達があまり認識することができないうちに変わってゆく。少しずつ、確実に。同じ乗っている電車の乗客が、同じ車窓の風景を観ていたとしても、それによる微妙な車内の変化に気がつかない・・・みたいな。乗っている乗客は電車の本当の速度(の変化)がわからない・・・みたいな。うまく言葉にできないけど・・・。
何がどう変わるか?・・・かなり考察の余地あり、だな。
さて、来週末の「発表会」の準備で、明日は久しぶりにハックル活動@スタジオ練習。さあ、それまでに書類の整理をしなくっちゃ。早く寝よっっと(おいおい)。
August 30, 2008
August 29, 2008
さんだーぼると
このところの日本の気候は、やはりおかしいぞ。昨夜と今夜の雷雨。昼間のピーカンと蒸し暑さ。夜はうって変わって局地的で激しすぎる雷雨。大気が不安定といっても、ここまでドラスティックに変化して、ある意味ドラマティックな展開の気候は、日本の本来の気候にはなかった気がする。ジムからの帰り道、放電しまくる雷雲と、地響きのような雷鳴、降るというよりは落ちてくる雨。
Thursday, September 06, 2007 約1年前に書いた詩
Typhoon
Typhoon
Say, soon
what you saw
僕らの信じてきた
すべてを
天上の世界に 向けて
巻き上げる 風と
猛り狂ったように
落ちてくる RAIN に託して
自然っていうのは
言葉を 失うくらい
すごいね
僕らのささやかな日々の
希望や哀しみさえ
笑い飛ばして
Typhoon
Typhoon
Say, soon
what you saw
僕らの信じてきた
すべてを 天上の世界に 向けて
巻き上げる 風と
猛り狂ったように
落ちてくる RAIN に託して
Thursday, September 06, 2007 約1年前に書いた詩
Typhoon
Typhoon
Say, soon
what you saw
僕らの信じてきた
すべてを
天上の世界に 向けて
巻き上げる 風と
猛り狂ったように
落ちてくる RAIN に託して
自然っていうのは
言葉を 失うくらい
すごいね
僕らのささやかな日々の
希望や哀しみさえ
笑い飛ばして
Typhoon
Typhoon
Say, soon
what you saw
僕らの信じてきた
すべてを 天上の世界に 向けて
巻き上げる 風と
猛り狂ったように
落ちてくる RAIN に託して
ロンドン、1973 (続き)
昨日のIさん御夫婦との再会。どうして35年ぶりにお会いしたIさんに気付いたのか?なぜ僕の記憶の底の(本当に)深いところにあるセンサーが感じたのか?ということが不思議でならなかっのだ。その後、いろんなことを思い出していたら、ある「場面」がフラッシュバックした。
Iさんは当時45歳くらいで今の僕より若かったわけだ。僕のオヤジの会社の同期のバリバリのモーレツ日本人サラリーマン。当時はまだ成田は開港していなくて、羽田が唯一の国際空港の時代。日本の国力は大きくはなかったし、インターネットで情報が飛び交っていたわけでもない。イギリスは、今では考えられないくらい遠い国だった。1970年代の日本の高度成長期に日本企業が世界中に羽ばたいたわけだけれど、その尖兵として彼と彼の一家は地ロンドン駐在員として頑張っていたわけだ。S銀行だって日本では大きい銀行ではあったけれど世界の中ではまだちっぽけな会社だったんだろう。仕事でも生活でも今とは違って、たぶんかなりご苦労されたんだろうと思う。そんな時代に高校生が海外に行くなんていうのはまだまだ珍しかった。
お宅でたんまりと日本食を御馳走になり、居間で談笑している時にIさんが言った。
「高校生で、たいしたもんだ。君達にはもっともっと勉強して体を鍛えて、頑張って欲しい。これからの時代は、今まで以上に世界で活躍する日本人が増えなくてはいけない。期待しているからね・・・」と。すごく真剣な顔で真っ直ぐにお話になった。
当時の僕は、それを素直に受け取ったように記憶している。記憶の襞のどこかに染み込んだんだろうと思う。大の大人が、こんな未熟者の自分にむけて真っ向勝負のメッセージを送ってくれた、ということに素直に感動したんだと思う。そして、イギリスへ行ったことは、その後の僕のキャリアにすごく影響があった。英語はその後も一所懸命勉強したし、大学時代はほぼ毎年アメリカに放浪旅行をしたし、医者になってからはアメリカやニュージーランドで生活もしたし、今でもイギリスの医学部学生の研修を受け入れたりしているのも、原点はココにあったんだと思う。
その言葉の場面のの記憶が、今に至るまでずーーーーっとどこかに残っていて、昨日の再会で気付くことに繋がったんだと思う。
Iさんは当時45歳くらいで今の僕より若かったわけだ。僕のオヤジの会社の同期のバリバリのモーレツ日本人サラリーマン。当時はまだ成田は開港していなくて、羽田が唯一の国際空港の時代。日本の国力は大きくはなかったし、インターネットで情報が飛び交っていたわけでもない。イギリスは、今では考えられないくらい遠い国だった。1970年代の日本の高度成長期に日本企業が世界中に羽ばたいたわけだけれど、その尖兵として彼と彼の一家は地ロンドン駐在員として頑張っていたわけだ。S銀行だって日本では大きい銀行ではあったけれど世界の中ではまだちっぽけな会社だったんだろう。仕事でも生活でも今とは違って、たぶんかなりご苦労されたんだろうと思う。そんな時代に高校生が海外に行くなんていうのはまだまだ珍しかった。
お宅でたんまりと日本食を御馳走になり、居間で談笑している時にIさんが言った。
「高校生で、たいしたもんだ。君達にはもっともっと勉強して体を鍛えて、頑張って欲しい。これからの時代は、今まで以上に世界で活躍する日本人が増えなくてはいけない。期待しているからね・・・」と。すごく真剣な顔で真っ直ぐにお話になった。
当時の僕は、それを素直に受け取ったように記憶している。記憶の襞のどこかに染み込んだんだろうと思う。大の大人が、こんな未熟者の自分にむけて真っ向勝負のメッセージを送ってくれた、ということに素直に感動したんだと思う。そして、イギリスへ行ったことは、その後の僕のキャリアにすごく影響があった。英語はその後も一所懸命勉強したし、大学時代はほぼ毎年アメリカに放浪旅行をしたし、医者になってからはアメリカやニュージーランドで生活もしたし、今でもイギリスの医学部学生の研修を受け入れたりしているのも、原点はココにあったんだと思う。
その言葉の場面のの記憶が、今に至るまでずーーーーっとどこかに残っていて、昨日の再会で気付くことに繋がったんだと思う。
August 28, 2008
ロンドン、1973年
研究日。午後から友人のU先生のバックアップで世田谷の有料老人ホームで往診。何回か伺ったので顔見知りになったおじいちゃん&おばあちゃんの健康チェック。人生の大先輩達の生き様。医師をいう仕事をしていると、どんな人生であってもプラスとマイナスのバランスというものは、最終的にはとれているのだ、という事実を直視することになる。年老いてしまえば、生まれや生い立ちや職業や家族環境や社会的な地位とか・・・全然関係ないってことなんだな。人生ってナンなんだろう・・・諸行無常。僕は肯定的な楽観論をとるな。みーんな年老いてしまえば、子供に戻ってしまう。というか、人生の初めと終わりの「子供のような状態」というのが「素」であって、その中間は「泡沫の夢」ということなのか?
さて、その往診を終わり、Sさんの車で送ってもらいMクリニックへ。Sさんは有能で素晴しい医療事務の女性。今回のバックアップ往診が快適に進められたのも彼女の力があったから。気配りが素晴しい。是非ウチの病院へ来て欲しい(笑)。諸般の事情で今回でバックアップは終わり、ということでSさん&スタッフにお別れをいう。またどこかでお会いしましょう!と。
さて5時過ぎから、U先生のMクリニックの予約の患者さんの診察開始。3人目の患者さんの名前になんとなく聞き覚えがある。でも姓も名も珍しいものではなく、普通に診察を開始した。このところ熱のある80歳の男性。病気で片麻痺があり今は車椅子。こちらの話すことは理解できるが、ご自分でお話はできない。付き添いの奥様にお話を聞き、通常の診察を進めて、診断し処方をコンピューターに入力・・・していたら、ふと思い出した。本当になんの脈絡もなく、ロンドンのマーブルアーチにあったIさんの自宅のリビングの情景・・・
「あのう・・・もしかして、以前ロンドンに住んでいらっしゃったことはありませんか?」
「ええ(当惑気味・・・、どうして!」と奥様
「もしかしてS銀行のロンドン支店長だったIさん?・・・ですよね!!」
「はい・・・!」
高校2年のとき、英国のケンブリッジに夏季留学していた際、オヤジの同期だったIさんのお宅にお邪魔して食事をご馳走になったのだ。
その後はいろんなことを想い出して、懐かしい会話。ケンブリッジの食事に飽きて日本食が食べたくて週末にロンドンに遊びに行った帰りにマーブルアーチのお宅にお邪魔してとんかつとか刺身とかお米のご飯とか、奥様が驚くくらい友達と食べたんだ。じょうじ君やさくちゃんがいたかどうかは憶えていないんだな。たしかモリタとかキイチローがいたと思うんだけど。
その後、ロンドンに遊びに行ったときにSOHOの中華料理のお店に連れて行っていただき、ご家族と食事をした。3つくらい歳下の女の子とその下の男の子がいたことを想い出した。テニスが上手でかわいい女の子だった。お二人ともお元気とのこと。SOHOからマーブルアーチのお宅に戻り、ケンブリッジに帰る電車に乗るべくキングスクロス駅に戻るのに、車で送るというIさんご一家の申し出をお断りして、終発間近のバス停まで走っていった!ことも奥様はしっかり憶えていて・・・その情景をくっきりと思い出した。
ああっ!それにしてもこんな再会ってあるんだな。人生って本当に面白い!「縁が疎」ということもあるって話をちょっと前に書いたところだったんだけど、それも不思議。やはり人と人とは「縁」なんだね。
神様の存在を感じた。
さて、その往診を終わり、Sさんの車で送ってもらいMクリニックへ。Sさんは有能で素晴しい医療事務の女性。今回のバックアップ往診が快適に進められたのも彼女の力があったから。気配りが素晴しい。是非ウチの病院へ来て欲しい(笑)。諸般の事情で今回でバックアップは終わり、ということでSさん&スタッフにお別れをいう。またどこかでお会いしましょう!と。
さて5時過ぎから、U先生のMクリニックの予約の患者さんの診察開始。3人目の患者さんの名前になんとなく聞き覚えがある。でも姓も名も珍しいものではなく、普通に診察を開始した。このところ熱のある80歳の男性。病気で片麻痺があり今は車椅子。こちらの話すことは理解できるが、ご自分でお話はできない。付き添いの奥様にお話を聞き、通常の診察を進めて、診断し処方をコンピューターに入力・・・していたら、ふと思い出した。本当になんの脈絡もなく、ロンドンのマーブルアーチにあったIさんの自宅のリビングの情景・・・
「あのう・・・もしかして、以前ロンドンに住んでいらっしゃったことはありませんか?」
「ええ(当惑気味・・・、どうして!」と奥様
「もしかしてS銀行のロンドン支店長だったIさん?・・・ですよね!!」
「はい・・・!」
高校2年のとき、英国のケンブリッジに夏季留学していた際、オヤジの同期だったIさんのお宅にお邪魔して食事をご馳走になったのだ。
その後はいろんなことを想い出して、懐かしい会話。ケンブリッジの食事に飽きて日本食が食べたくて週末にロンドンに遊びに行った帰りにマーブルアーチのお宅にお邪魔してとんかつとか刺身とかお米のご飯とか、奥様が驚くくらい友達と食べたんだ。じょうじ君やさくちゃんがいたかどうかは憶えていないんだな。たしかモリタとかキイチローがいたと思うんだけど。
その後、ロンドンに遊びに行ったときにSOHOの中華料理のお店に連れて行っていただき、ご家族と食事をした。3つくらい歳下の女の子とその下の男の子がいたことを想い出した。テニスが上手でかわいい女の子だった。お二人ともお元気とのこと。SOHOからマーブルアーチのお宅に戻り、ケンブリッジに帰る電車に乗るべくキングスクロス駅に戻るのに、車で送るというIさんご一家の申し出をお断りして、終発間近のバス停まで走っていった!ことも奥様はしっかり憶えていて・・・その情景をくっきりと思い出した。
ああっ!それにしてもこんな再会ってあるんだな。人生って本当に面白い!「縁が疎」ということもあるって話をちょっと前に書いたところだったんだけど、それも不思議。やはり人と人とは「縁」なんだね。
神様の存在を感じた。
August 27, 2008
出発前の楽しみ
今回の台湾行きの一番の理由は、故宮博物館を再訪してじっくりと中国美術の至宝を眺めること。スミソニアンや大英博物館も行ったけれど、あの規模はすごいわ。今回はそれから、台北の街を歩いて、B級グルメを堪能することも目的。前回は学会で発表もあったので、街歩きをゆっくりする余裕もなかったし。ネットで調べたら、ふふふ、イロイロとあるのだね。一人旅だから宴席はないし、気楽にB級を楽しみたい。
ネットの時代になって、現地のリアルタイムの情報を得ることができるのも助かる。出発前の楽しみ。
ネットの時代になって、現地のリアルタイムの情報を得ることができるのも助かる。出発前の楽しみ。
おいしいもの
昨夜は医師会関連の会食で、仁松庵へ。こじんまりとセンスの良い隠れ家風のお店で、懐石料理で有名。僕の仕事場から至近にあるものの、なかなか行く機会がない。最近ではランチもやっているらしいけど。昨夜は、ふぐや松茸やすっぽんなどの豪勢な食材が多数出た。季節外れ、じゃないな、「季節外し」のふぐや松茸ってきっとすごく高いんだろうなぁ。もちろん、どれも素晴しく手が込んでいて、とてもおいしいんだけど、食べ終わっての満足感がイマイチ。たぶん自分の舌が肥えていないから、その良さが解らないんだろう。御馳走になっておいしいものたくさん食べてこんなこというのも何なんだけど、自腹では行かないだろうな(笑)。シャルドネのボトルでかなり酔っ払って、会長の車に乗せてもらい(会長の自宅も同じ、たまプラなのだ)帰宅。
August 26, 2008
縁が疎
仕事とかプライベートとかで、ある一定期間わりと親しくなって関わりのあった人と、ぷっつりと連絡が途絶えてしまうことっていうことが、ある。べつに喧嘩別れしたわけでもなく、自然になんとなく縁が離れてしまうことだ。年賀状の付き合いでとかで「繋がっている」人たちもいるけど、それよりもっと「縁が疎」というか、今どこで何をやっているのかさえ、わからない人っていうのもけっこういる。ま、どうしても連絡をとる必要があれば調べりゃわかるけど、それほどのモンでもないっていう微妙な距離感なんだけど。
人の縁というのは、不思議なもんだ。
人の縁というのは、不思議なもんだ。
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