助けあいジャパン

August 6, 2013

華香亭のシズル感

第16クール。眠くて眠くて終日ごろごろしている。本(今読んでいるのは「幕末期」半藤一利)。一度読んでも頭に入らないから、行ったり来たりして、なかなか話に乗り切れない。ただでさえ複雑な幕末の歴史。読めば読むほど興味深いのだが。怠さはあるが吐き気もほとんどなく(御陰さまで)、2週目。まずは順調です。

昼。お坊さんに来て頂き、病院でお盆の慰霊祭。恒例の行事。
けじめを付ける意味で、この時期にやるのはいいことだ。すっきりした。

おお、そういえば先日入手したバリカンにて1mm坊さんカット。
バリカンは最高に調子がいい。調子に乗るくらい気持ちいい。ふふふ。もっと早く買えばよかった。

午後は体が怠く、例の眠り。
うつらうつらして、やっと16時過ぎに目が醒めた。
不快な症状はないが、脳機能が落ちているみたいだ。すべてがスローだ。
副作用だろう。仕方ない。

ということで、
気分転換に梅田先生と以前からの懸案だった
横浜山手の「華香亭」へ。

以前、斎田キャプテンに教えてもらい
尚子と有季子と来た事がある。久しぶりの再訪。

長い歴史のある
ごくごく普通の
奇を衒っていない
美味しい「街の中華」

決して見た目がいい、
ファンシーな店でなない

思い出したけれど
昔の中華料理店は一階は椅子だったけれど、
二階以上は「座敷」が多かった。
ここんちも昭和初期(?)の面影を残す建物。

高級食材のグルメでない
デフォルトが一番だ
店のおやじさんが
鍋を振るってなんぼの
職人芸
That's It! 
これがいいのだ
それが最高に美味しい

南京町と言えば
ちゃっぷすい
懐かしい料理。語感
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%97%E3%82%B9%E3%82%A4

昨夜は、炒飯、排骨麺、牛肉麺(梅田先生)
お土産にテークアウトで上海炒麺
美味しく頂いて、元気快復(単純明快>w)
さらに、値段がリーズナブル!

何と云っても、この店の雰囲気が素晴らしい。
長い間時間が止まっているような空間
ここんちは中華街を南京町と
呼んでいた頃の空気感がそのまま残っている。

この秀逸なライティングは
素晴らしい
ただ者ではない感じ

まさに、映画になったココリコ坂の山手。

たしかに当時、南京町はいつ来ても
不思議な秘密感と
緊張感のある
特別な場所だった

この空気感
時間の流れ
まるで映画のセットに
紛れ込んだようだ

このライティングも
ただものではない(笑)
何かを感じるなあ

おもしろいねえ(笑)

ハックル「猫目地蔵」の
イメージとちょっと被るか?

ああ、早く書かなくては(焦)

August 4, 2013

ハゲについて

母方の爺さんが若禿だった
短髪だったが、たぶん50代にはツルぴかだった。
おお、そういえば母方の曾爺さんも禿げていたな。
ということは禿に関しては、
しっかりと遺伝子を受け継いでしまったことになる(笑)

かつてキラキラキューティクルの
長髪(笑)イケメンであった僕も、
30代からかなり薄くなり
ニュージーランドで生活しだした頃より
禿がどーんと進んだ。

正直、気にした時期もある。
あ、逆だ。自分は気にしていなかったのに
当時髪を切ってくれていた
尚子に指摘されて
愕然としたのが事実だ。

ちょっと忙しくてカットしないと
「中途半端なアルシンド」
みたいになってしまう/

これはマズい
最悪だ
でもこの頃は、まだ諦めきれずに
髪の毛だけじゃない薄い願望で
養毛剤とか使ったもんだ。

意味なかったけれど

その後、日本に帰国。
当時行っていた美容室で
意を決して、ばっさり「短髪で」と言ってみた。
その時の気持ちよさ、潔さったら
絶対に女性には解らんだろうな(笑)

初バリカン
以後、短髪。
単純明快、気分爽快。

そうなのだ。禿に関しては
僕みたいに開き直っちゃえば
何て事ないのに(笑)
むしろ「個性として」胸を張れる(w)
男性ホルモンが漲ってという
どこが恥ずかしいのだ

ま、でも、今までの経緯とか
それはそれとして(笑)

年齢不相応の禿げ方であっても
それを「恥ずかしいものとして」
隠す術があるのが、おかしく哀しい
あの1:9 とか 2:8とか、あれは何なんだ(笑)
古今東西、それがまた悲喜劇となる
ウィグ、カツラ、増毛法などなど

まあ、好きにすればいいんだけど

ということで(どういうことだ?)
新しいバリカンにした
毎週ヘビーローテで刈っていたので
切れ味が悪くなってしまったのだ
それと今までは3mmだったけど
1mmまで刈れる
ああ、気持ち良さそうだ!

あとは「剃髪」(剃る)しかないな(笑)
さとなお君や、いしじゅん君みたいに

そうだそうだ、みんな揃って剃っちまおう!
煩悩から開放されてとても気持ちいいはずだ

左は梅田まりこさんの描いてくれたお気に入りのクロッキー画(渡英前の記念に描いていただいたもの)

Sludge 心の澱(おり)について(私信)

健康で元気な時には考えもしない
どす黒く渦巻くような
気分の悪さが
突然胸の奥から
襲ってくることがある

きっかけは本人以外憶えていないような
些細な事がほとんどで
いつもなら軽く
笑い飛ばせることが
体の奥の方で
きいきいと疼き出す

sludge
sludge
心の襞に
澱んでいる澱(おり)
最悪の気分の
濃縮(conc.)ジュース

過去の
様々な体験
「イヤな気分」
ネガティブな自分の

辛かった事
苦痛や
恥ずかしい
失敗

忘れてしまいたい事は
誰にでもある
今さら誰にも聞けない
誰にも言いたくない
誰にも知られたくない
遺したくないものも
あるはずだ

sludge
sludge
心の襞に
澱んでいる澱(おり)
最悪の気分の
濃縮(conc.)ジュース

sludge
sludge
心の澱(おり)
最悪の気分の
濃縮(conc.)ジュース

「いつも」は
どこかにしまい込んで
「なかった事」にしている
不快な刺(とげ)

心が弱ると
何かの拍子に
痛みだす
身体が悲鳴を上げてている

健康な時には考えもしない
些細な事ばかり
本人以外憶えていないような
些細な事がほとんどで

いつもなら
へへへとか
ふんっとか
笑い飛ばせることでも

心が弱っていると
負けそうになる

sludge
sludge
心の襞に
澱んでいる澱(おり)
最悪の気分の
濃縮(conc.)ジュース

sludge
sludge
澱んでいる
心の澱

こんな完璧に晴れた
真夏の早朝の空の下で
突然訪れる
この最悪の気分を
どうしよう?
どうすりゃいいんだ?
自分の心が
ヒリヒリしてしている

sludge
sludge
心の襞に
澱んでいる澱(おり)
最悪の気分の
濃縮(conc.)ジュース

sludge
sludge
心の襞に
澱んでいる澱(おり)
最悪の気分の
濃縮(conc.)ジュース


〜〜〜〜〜〜〜〜

ハックル業務連絡
丈二殿:初めはFBのエントリーを書いているうちに、気分がロックになってしまうという僕の例の癖が出てきちゃって(笑)、このフレーズが先走ってしまい書きました。初稿です。体調も悪くなく安定してます。marc

August 3, 2013

除福と寿福は違います(笑)

久米仙人のことを調べていたら
さらに興味が広がり、
除福伝説 について調べた事がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%90%E7%A6%8F
秦の始皇帝の求めた不老不死の薬を求めて日本まで来た
いわばプロジェクトチーム

古の大らかな伝説が大好きだ
もともと仙人の話が好きだし。
以前から「杜子春」のイメージの現代版も
プロットは考えている(のだが)

以下は自分用のメモ

以下Wikiより部分引用

日本における伝承[編集]

青森県から鹿児島県に至るまで、日本各地に徐福に関する伝承が残されている。徐福ゆかりの地として、佐賀県佐賀市三重県熊野市波田須町、和歌山県新宮市、鹿児島県いちき串木野市山梨県富士吉田市、東京都八丈島、宮崎県延岡市などが有名である[7]
徐福は、現在のいちき串木野市に上陸し、同市内にある冠嶽に自分の冠を奉納したことが、冠嶽神社の起源と言われる。ちなみに冠嶽神社の末社に、蘇我馬子が建立したと言われるたばこ神社(大岩戸神社)があり、天然の葉たばこが自生している。 丹後半島にある新井崎神社に伝わる『新大明神口碑記』という古文書に、徐福の事が記されている。
徐福が上陸したと伝わる三重県熊野市波田須から2200年前の中国の硬貨である半両銭が発見されている。波田須駅1.5kmのところに徐福ノ宮があり、徐福が持参したと伝わるすり鉢をご神体としている。
徐福に関する伝説は、中国・日本・韓国に散在し[8]、徐福伝説のストーリーは、地域によって様々である。『富士文献』は富士吉田市の宮下家に伝来した宮下家文書に含まれる古文書群で、漢語万葉仮名を用いた分類で日本の歴史を記している。富士文献は徐福が編纂したという伝承があり[8]、また徐福の来日した年代が、『海東諸国記』の孝霊天皇の頃という記述が『宮下文書』の記述と符合することが指摘される。ただし、宮下文書はいわゆる「古史古伝」に含まれる部類の書物であり、文体・発音からも江戸後期から近代の作で俗文学の一種と評されており、記述内容についても正統な歴史学者からは認められていない。

Wikiより部分引用
『史記』の「秦始皇帝本紀」に登場する徐氏は、始皇帝に不死の薬を献上すると持ちかけ、援助を得たものの、その後、始皇帝が現地に巡行したところ、実際には出港していなかった。そのため、改めて出立を命じたものの、その帰路で始皇帝は崩御したという記述となっており、「不死の薬を名目に実際には出立せずに始皇帝から物品をせしめた詐欺師」として描かれている[4]。現在一般に流布している徐福像は、ほとんどが「淮南衡山列伝」に基づいたものである。

この辺りの適当さも好き

中国における伝承[編集]

北宋の政治家・詩人である欧陽脩の『日本刀歌』には「其先徐福詐秦民 採藥淹留丱童老 百工五種與之居 至今器玩皆精巧」(日本人の祖である徐福は日本に薬を取りに行くと言って秦を騙し、その地に長らく留まり、連れて行った少年少女たちと共にその地で老いた。連れて行った者の中には各種の技術者が居たため、日本の道具は全て精巧な出来である)と言った内容で日本を説明する部分が存在する。
^^^^ ^^^^
ちなみに今日梅田せんせと行ったのは自由ヶ丘の「寿福
語感が似ていたので勘違いした(笑)
街の中華屋さんとしては、ここんちは頭一つ抜けてる感じ/
丁寧に作っていのが好印象。いいお店だな。

August 2, 2013

泡沫の記憶と刹那の夢に眠る

すべての思い出は
振り返ってみると
それぞれ
一瞬の出来事だったかの
ように感じます

ある時期、ある時間
たしかに、そこに僕が居て

何かをやり、考えたり、話したり
泣いたり笑ったりしていたはずですが、
振り返って、今思い出せるのは
それぞれの「その瞬間」のことだけです

誰にでも楽しかった記憶の断片だけでなく
辛い経験や、忘れたい事だって
もちろんあるでしょう

刻印された時間
たしかに
僕は
そこにいた

言い換えれば
人はその一瞬一瞬の
人生の場面しか
憶えていないという
ことかもしれません

もしかしたら
人は皆、自分の都合の悪い事は
忘却してしまうものなのかも知れません

そのアルバムを
切り貼りして
並び替えて
自分だけで観る事ができたとしたら
どうでしょう?

例えば、の話ですが。

無条件の愛情に育まれ
幸せに満ちあふれ
明るい未来に向かって
帆をぱんぱんに張って
走り出した時期もあったでしょうし

若く辛かった時期に
思い悩んで苦しかった事や
出口への道筋さえわからず
途方に暮れた事もあったと思います

愛する人たちとの
かけがえのない
時間と記憶に浸る時もあります

思い返してみて
何より幸せだったと感じるのは
特別な事のない、
家族との穏やかな生活の
素晴らしい時間です

自分の人生で
積み上げてきたものの
その重さと輝き

人に恵まれて幸せだった
ご縁はどこまでも繋がっている
安心安寧で平穏な気持ち

どんなに辛く厳しい道のりであったとしても
逆に、楽で楽しい道であったとしても

思い返してみれば
すべて一瞬の出来事

潮の満ち引きのように
出逢いと別れがあり
泡沫(うたかた)の記憶と
刹那の夢に眠る

それを
何らかの形に
遺してゆく意味と意義を
(何も残したくない人も含め)
考えています。

あ、これ決して悲観的になったり
人生を否定的に見ている訳でなく
逆に「人生の落とし前のつけ方」が見えてくると」
重荷を解いて楽になる、という話に
繋がる訳です

偉そうなことを書いてます。
済みません。
坊さんみたいです
わりと似合ってます(笑)
(音声認識ソフトにて一部練習テイク)


その昔フルーツは贅沢品だった

1950〜60年代のテレビラマや映画のシーンで観た
アメリカ人の居間(白人中流家庭)のシーンには
フルーツバスケット、フルーツボウルが
「ごく普通に」置いてある

グレープ、ストロベリー、バナナ、チェリーetcが
てんこもりで盛っていて
居間に、来た人が勝手に
好きなだけ摘んで食べるわけだ


常時置いてあって、全部食べる事は稀。
ある程度残ったら、捨てるのがふつう
はなから「もったいないという感覚」はない。
ほとんど捨てることを前提にしている感覚/

これには驚いた

つまり果実は「消費するもの」で
季節を味わう、などという
優雅な感覚はない(今でも)。
ナッツとかポテトチップスに
近い感覚なのだ

もちろん今は違うけれど
当時は果実が贅沢品だった日本とは
全然ちがう消費生活だった

以前書いた事があるが、LA時代。
上司ご夫妻が来日することになり
宿泊中の帝国ホテルに、うちの両親が奮発して
千疋屋にウェルカムフルーツを頼んでくれた。
彼らはこんな美味しいメロンは
今まで食べた事がない!と
大感激してくれた。
そりゃ、そうだろう。
そのメロンが実は1個100ドルする事を知ったら
堅実で倹約家の(それでいて大金持ちの)ユダヤ系の上司には
絶対に日本の慣習は理解できなかったはずだ。

つまりそれは「100ドルのメロン」の意味が
贈る方も贈られる方も解っている日本の社会の
特殊性(というか洗練度)なのだ。

日本の農産物のクオリティは最高峰だ
我彼の目指すところのレベルが全然違うのだ。
経済的効率を高める(一言で言えばいかに効率よく楽して儲けるか)
ことのみを考えている他国と一緒にしてもらっては困る
水は低い方に流れるものなのだ。

いつも友人達が送ってくれる、
梨、桃、ネクタリン、葡萄
その素晴らしさに感激している
単なる農産物ではなく
「巧みの技」だ

物事を究めてゆくというDNAが
我々日本人の血に濃く受け継がれているのではないか。
昨日の「風立ちぬ」を観て感じた。
あらためてこの日本に
生まれた事を誇りに思う。

August 1, 2013

風立ちぬ

昼過ぎまで点滴をして、夕方からグランベリーモールで「風立ちぬ」鑑賞。

宮崎駿監督がゼロ戦の設計者・堀越二郎(と作家の堀辰雄)をモデルに、1930年代の日本で飛行機作りに情熱を傾けた青年の姿を描くアニメ。
ひたむきで、真っすぐな時代の日本。未来を信じて一所懸命頑張る若者達。

悲しいラブストーリーでも楚々として凛。昔の日本人の生活を見ると、背筋が伸びる感じ。何回かホロリとした。

元気を貰った。
頑張って行って良かった。
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