助けあいジャパン

December 7, 2011

性格は顔に出る

性格や考えていることってすごく正直に顔に出ている。

科学的にまだ解明されていないだけで、僕らが思っている以上にその人の生き方や価値観というものは実際の「顔」とか「雰囲気」とかに表出しているものなのかもしれない。昨日の出来事もあって、今日はそんな事をつらつらと考えていた。

多分我々は、言語的なコミュニケーションを一義的なものとしてその重さを信じているけれど、実際には言葉以外でその人が出している「もろもろの情報」のほうがプリミティブなもので、言葉はそれに付随しているだけのものなのかもしれないと仮定してみると、様々なことが見えてくる。

路上であった犬や猫が何か意味ありげにすっと視線を外したり、逆にこちらを見据えるような行動をするのは、たぶんを動物行動心理学の研究はどういう(意味のある)ことなのか?。などと考えていたら、いつもの空想の世界へ。

人間の脳科学や行動心理学や進歩すると、占いや人相などの分析が科学的もっと正確にできるようになるはずだ。静的な分析(というか非科学的な統計学)が従来のものだとすると、動的な分析が進むだろう。そうすると、「ある人のある表情やとった行動」などを逐次モニターして、高度な嘘発見器とか行動分析なんかもできるようになる。いくつのプロットを考えたのだけれど、これは相当にコワイ世界だ。

東京ルール当直中。以前は「Zip City」とか「月光恋歌」とか当直中に歌詞を書いたりしたんだけ、最近は忙しすぎてだめだな(笑)。そろそろ書こうとは思うけれど。

December 6, 2011

Time out, folks!

ヘロヘロに疲れてしまい帰宅したのが24時を回っていたので、実はレトロスペクティブ投稿。

どんな組織でも、人が集まって居る限りは様々なフリクションや葛藤、場合によっては喧嘩別れや空中分解、分裂などのリスクがある。その発端はやはり人と人の関係で、その原因のほとんどが突き詰めれば「言葉」である。

初めから悪意を持って敵愾心をむき出しにした言葉(かの国から聴こえてくる言葉なんかがいい例だ)をいう人はいない。相手のことを自分なりに慮って出た言葉が、ちょっとだけ違ったニュアンスで受け取られ、その返信がさらに意図と違ったニュアンスをもって受け取られ、言葉に乗ったそれぞれの感情がどんどん増幅されて、悪い方向にデフォルメされていくと、されにその周囲の人間にまで影響を与えてしまう。

特に今の時代、メールでのやり取りは、いくらでも誤解曲解をされてしまうリスクがある。リアルの会話なら、言葉にも声のトーンや間、表情や相槌などの、様々な非言語的なコミュニケーションの要素であるので、その「空気」が緩衝材になっていて、コミュニケーションの破綻につながるような極端なことになることは比較的に少ないのだけれど。

1980年代のコンピュサーヴ・ニフティサーヴのパソコン通信時代から、僕はこの世界のいざこざを幾度となく見てきた。ソーシャルメディアの時代になって、コミュニケーションのスピード感が格段に上がったものの、それが故に言葉が先鋭化してトラブル(とまではいかないけれどインシデント)が急増している。今回のケースでも当事者は、本当に素晴らしいキャラの穏やかな人達なのだ。時代の最先端で走っているこの人たちでさえそうなのだから、僕みたいな「普通の人」は言わずもがな、なのだ。

そういう負のスパイラルが組織の中で始まると、誰が何をやっても「建設的で健全な」思考回路を維持するのが困難になる。最初は小さな亀裂であったものが、時間の経過とともに大きくなり、最後は修復困難な状態になる。これは困る。そんな時は大事な決定をするなんてナンセンスだ。

大人の喧嘩に中途半端な「仲直り」はありえない。それぞれのプライド(意地)の落ち着き場所を見つけられるかどうかなのだ。ということで、ここらでちょっとTime out, folks!

December 5, 2011

幼馴染み

幼馴染みのきみちゃんがLAから昨日帰国して、溝の口のディープな居酒屋でサシ呑み。幼稚園の同級生(笑)とこうやって楽しく飲める状況は有り難い事。アメリカで公認会計士として自分の事務所を経営している彼。一人息子の彼としては、日本の母親の介護のことでいろいろと悩むこともあって、このところ頻繁に相談に乗っている。

今日の話題は、まあ人生いろいろあるよね、というおっさん話題で、その意味じゃアメリカも日本もあまり変わりない。あと彼は、日本に居る僕ら以上に彼は日本人に対して危機感をもっていた。韓国、中国の台頭と日本の衰退は本当に顕著みたいだ。

Let it be! 色んな意味で。

December 4, 2011

アクティブ・ウォーキング 20km

 11時から歯科K先生の華麗なテクニックで1時間。微睡んでいるうちに終了。歯科治療っていうのは特殊で我々医師は全然その内容が判らないものなのだ。ましてや自分の口の中のことは判らない(笑)。信頼の於ける歯科医に任せるしかないのだ。幸い僕はいい歯科医に恵まれている。まだまだ治さなければならない部分があるみたいだけれど、美味しく食べられることは健康の基本で、歯は大切だと思う。

快晴。空気が澄んでいて気持ちのいい天気だ。カメラと着替えのTシャツとタオルをメッセンジャーバッグに詰めて、歯科の後、歩き始めることにした。今日の唯一の決め事は、信号以外、立ち止まらない事。たまプラから渋谷まで。渋谷からジムへ直行しジャクージとサウナでまったり。極楽極楽。瞬間最低体重で67kg。ふふふ。

Walkmeter ルート: たまプラから渋谷方面, 時間 3:51:26, 20.49 km, 32960歩、
マップ: http://j.mp/tZF5Ye, 平均 11:18 /km, 1403 カロリー.


一定時間歩き続ける間中、いろんな事を(まさに煩悩を抱えて)考えている。でも、矛盾するようだけれど、論理的なことは何にも考えていない。まさに無心無我の心境になる気持ちのいいエンドルフィンが出るみたいだ。宗教の修行だったら「行」。今日の20km程度だったら、ちょっとコツを掴むことと自分あった靴があれば、ふつうに歩く分には全然苦にならない。だから、24時間マラソンとかでタレントが100kmくらいジョッギングするのは半年くらいかけてトレーニングすればそこそこ可能なんだろう。これは新たな発見だった。次の目標は30kmウォーキング(距離)と、10km/1h(スピード)。このスピードになるとジョッギングとウォーキングを混ぜて走らざる得なくなる。スピードはある意味どうでもいい。時間内完走をめざすのだから。当分は時間を見つけてアクティブウォーキング続けようっと。

うまい・巧い・美味い!

お昼に八◎川(◎は検索回避)へ鰻重を食べににうかがったら、ご主人からサービスで希少な「炙り鰤(あぶりぶり)」を頂いた。上品な脂が美味絶品だった。ご飯を少なめにしてもらったけれどさすがにカロリー摂り過ぎ(笑)なので、ジムへ直行してしっかりと1200m泳いだ。今日はがらがらで気持ちよく泳げた。

一休みしてから半蔵門線で微睡んで「瞬間移動感覚」で九段下へ。クラプトン&ウィンウッド@武道館のライブ。クラプトンが特に好きというわけではいけれど、やはり一度は生のプレイを観てみたいと思っていたところ、今回の講演は黒澤楽器presentsという御縁もあって行くことになった。イーグルスにしてもジェームステイラー&キャロルキングにしても、客層がばっちり僕達の世代で、おっさん&おばさんたちがみんなニコニコしている。同世代の連帯感と安心感の漂う空間。1階席の最前列正面やや上手という最高の席。ノセてくれる所は過不足なくしっかりとノセてくれるし、ブルースで泣かせてくれるところはしっかりと聴かせてくれるのは流石だ。今さらだけれど、巧いなあ・・・。構成も音響も照明も映像も完璧に「出来上がった」ショウで、予定通りきっちりと2時間プラスアンコール。

Had To Cry Todayから始まり、ブルース&ロックのクラシックともいえる懐かしい曲が多数。Hoochie Coochie Man, Georgia On My Mind(懐かし!),Wonderful Tonight(最高!), Voodoo Chile(ジミヘン!20分くらい演奏していた)が良かった。途中、ふとあっちの世界に行きそうになる気持ちよさというか。エリッククラプトンもいい感じの枯れたジジイになっていて「匠の技」を拝聴する、みたいな感じ。もちろん脇を固めるドラムス、ベース、キーボード、コーラスの黒人女性2人組も素晴らしいのだけれど。

終演後、神保町に歩き、かみさん&娘たちと合流して「くろぶたきよし」へ。流石の三清堂六白黒豚。脂が甘いのだ。和水してある焼酎で薩摩揚げなど。美味。大量の葱と昆布と椎茸のお出汁でいただく、絶品しゃぶしゃぶ。葱は徹底的に流水に晒してぬめりをとるんだそうな。〆は稲庭うどんと、さらにおじやも追加して今夜も大満足。ほろ酔いニコニコで帰宅。

December 2, 2011

グルメ大国ということ

日本がグルメ大国だということには異論を挟む人はいないだろう。特に東京は世界でダントツのレベルの多種多様な料理を楽しめる都市だ。一定の舌の肥えたポピュレーションがあることで各店が切磋琢磨して、たぶん世界中でもっとも美味しい料理が食べられる。


和食はもちろんのこと、フォーマルからB級までの中華、フレンチ、イタリアン。。。と、世界中の料理を食すことが出来て、これに比肩できるのはたぶんニューヨークくらいだろうと思う。欧米、特にイギリスやドイツの食生活の質素さ(単調さ)は、単に粗食(といってもカロリーは高い)というより、そのバリエーションのなさに閉口する


ニュージーランドで生活していた時、食生活に関して驚いたことがいくつかある。

娘たちの学校のランチに、日本風のごく普通のお弁当を持って行ったら、彼らのクラスメートの子供達に驚かれた。卵焼きやソーセージとかが入っている、日本ではごく普通のお弁当。向こうの子供達のランチは、リンゴとチーズとミルクくらい程度が一般的で、サンドウィッチなんかをランチに持って行っているのは、ごく少数派。よく誤解されるのだけれど、マックのハンバーガーだって彼らにとって「ご馳走」なのだ。その彼らからしてみれば「とんでもない豪華なご馳走を持ってくる日本人」という印象になる。

 日本の場合、だれでも今日の昼ご飯はお蕎麦にしようかとか、パスタにしようとかの「選択肢」があるのが普通だけれど、当時の僕の職場の同僚達にとっては奇異に感じだようだ。ボスのケヴィンは毎日チーズ・オン・トーストを食べていたし、部下のレジストラの女の子は毎日リンゴとサワークリームとクラッカーを食べていたし、手術室のテクニシャンの同僚は、毎日オフィスのキッチンで自分でチーズサンドウィッチを作って食べていた。僕はどんなに忙しくても昼休みには自宅に帰ってランチを摂るようにしていたんだけれど。

アメリカ人(ステレオタイプなアメリカ人)の場合には、今日のランチ何を食べようか?という話題になることもあるけれど、これもごく一部の豊かな人の話で、一般的にはマックを毎日食べていても何に疑問も感じない人たちなのだ。それが普通。アメリカ時代のボス(超お金持ちだ)が日本に来た時、彼の講演会で出た幕の内弁当に、素直に感激していたのが印象的だ。

 日本人の食生活は、ちょっと前までは「毎日蕎麦」とか「毎日おにぎり」とか「毎日のり弁」が普通だったのにいつの時代からか豊かになり、月並みな言い方をすれば「一億総グルメ」になった(させられた)わけだ。兎にも角にも、僕らは飽食の時代に生きている。
この考察は、そのうちにやろう。

December 1, 2011

釣瓶落としの夕暮れ時

昨日は縦書きで書いて、横書きに流し込んでみた。こうやって昨日のログを読み返してみると、むむむ、やはり縦書きだと何か違うな。ちょっと文章が硬くなったみたいな気がする。以前に考察した通りで、縦書きだと自然に(横にある)前後周囲の文字が目に入るので、自然に修正される感じがする。一番の違いは、思考の流れ方かな。うまく説明できないけれど。当然ながら文節や文章の切れ方も違ってくるのも面白い。ブログの文章はいつも大体15分くらいで書きなぐっているのだけれど、やっぱり見直しというか校正しないと、自分でも何を書いているんだか判らない文章ばかりになってしまう。ちょっと反省&計画。

ちなみに、この文章はオフィスで横書きで書いている。研究日の夕方、今日は映画「ステキな金縛り」でも観ようかなと南町田グランベリーモールに着いたところで緊急コール。映画が始まっていて携帯の電源を切っていなくてすんでのところで間に合ってよかった。急遽病院へ戻ることになって、現在待機中。

家でリラックスして書く文章は、当分の間は縦書きを楽しんでみるつもり。


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