助けあいジャパン

August 7, 2011

のったり日曜日、買い物で気分リセット


昨日の世田谷ふるさと区民祭の「震災復興」コーナーの宮城県のブースで購入した「伊達政宗麦酒」。香りが濃厚な割には、抜けが良くて美味しかった。やっぱりアメリカ的にキンキンに冷やして飲むタイプの生ビール。

久しぶりにアポなしフリーの日曜日。このところ忙しかったし来週もてんこ盛りスケジュールのなので、意識して緩めることにした。いつものように5時前に一旦目覚めてから、久しぶりにぬくぬくと寝坊。7時過ぎに起床して午前中はネットと貯まりに溜まったペーパーワークなど。かみさんから切れた電球がいくつかあるので、省エネで出来るだけLEDにしようよと提案。たしかに、どこかの時点でえいっ!とやっちまうのが良いのかも、と午後からBICに行くことにした。

結婚披露宴のパーティに行くかみさんを見送ってから、今日はたまプラのJade Gardenで昼ご飯。ぼーっとiPadを観ていたら、突然の声で目の前のテーブルの親子に目がいった。美しいお母さんとイケメンのお父さん、3歳くらいの男の子。男の子が頼んだ炒飯をぐちゃぐちゃにして遊び始めたみたいだ。それを観て美しいお母さんが「何をしているの!だめじゃないXXXちゃん!!」とヒステリックに豹変した。困った顔のお父さん。うーーん、判るなあ、この感じ。子供って大人の思い通りになることの方が少ない。特に外食する場所なんて子供達にとってはイタズラのパラダイス。きちっとしたイメージを持っている親であればあるほど、エチケット無頼の子供に対して教育的指導をしたくなる。ニコニコと美しく笑っていられたのはさっきまでのことで、キレちゃった母親はびしっと子供の手を叩いた。うーん、これも判る。僕も子育ての時代に頭をぽかっ!なんて叩いたことがある(その後1週間くらいどんよりと自己嫌悪だったけれど)。ちょっと気まずい雰囲気の親子。この感じもわかる。僕らの子育て時代の夫婦けんかのネタはほぼ100%「子供の教育に関する」のことだったから。彼らの姿を観て20年前の自分たちの姿がフラッシュバックした。まあ、でもさ、それで良いんだよ。子育て頑張ってね。Good luck to you!とちょっと上から目線で。

その後はBIC@新横浜へ。カメラ関係の小物(ストラップ)、LED電球(まだ高いけれど、今は大々的にセールをやっている)、新しい電話&子機2台(子機が2台とも接触不良と電池の期限切れだった)、さらにWifi対応のプリンターを購入。なんだかんだで結構散財してしまった。でもね、この手の散財は無駄使いとは違って気持ちのリセットなんだよね。すっきり!

August 6, 2011

世田谷ふるさと区民祭@馬事公苑

今日の午後は世田谷ふるさと区民祭の救護班で馬事公苑。医師会の仕事でこのお祭りには毎年参加している。多くの老若男女が集まる大イベントで、真夏真っ盛りに行われるので熱中症や熱射病で気分の悪くなった人たちが救護室には運び込まれる。今日もひっきりなしだった。終了後には、日本全国から集まっている物産展を冷やかす。じつはこれが毎年の楽しみ。輪島の「いわしのいしる(魚醤)」(以前ここで買って隠し味に大活躍した)、仙台の地ビール(復興支援)、岩手の焼きうどん、新鮮な野菜、お漬け物など、たくさん買って帰宅した。

August 5, 2011

「軍事用」という表現

FBの友達、西島さんのFBで知った遊び。

#言葉の頭に軍事用をつけると本格的感が増す

例えば
軍事用鼻毛カッター
軍事用おばあちゃん
軍事用ウォシュレット
軍事用ソフトクリーム 

など

確かにね。「軍事用」を接頭語につけるだけで、「高度な技術」「ハードボイルドな感覚」「実質本位の機能性」「妥協のない技術」「女子供の入る隙のない」「迷彩色の使い勝手」「コンパクト」「機動性」「予想以上の働き」「これは本物かも」などのイメージが湧く。
言葉って面白い。

August 4, 2011

「コクリコ坂から」


当直明け。一晩中バタバタで診察台で仮眠2時間。体中バリバリで目覚めた。午前、午後とルーティンの仕事。当直明けの睡眠不足ってフィジカルにはヘロヘロなのにメンタルには「妙にハイ」な状態。夕方以降の予定が特になかったので、「コクリコ坂から」(宮崎吾郎監督(息子のほう)、スタジオジブリ作品)へ。

結論からいえば、スゴく良かった。特に先入観なく、大きな期待をしないで観たけれど、海と俊が坂道を一緒に降りるシーンと、最後の横浜港のシーンでは不覚にも涙が出てきた。1963年の横浜が舞台。ストーリーは、決して奇を衒っていない淡々とした流れ。あの時代の女の子と男の子、家族、温かい視線で見守る大人達を描いている。従来のジブリのメルヘンの世界を意識的に排除したリアルな描写が、素晴らしい。明治時代に立てられた岡の上に立つ洋館。たぶん根岸から本牧にかけてのエリアの情景。山下公園、ホテルニューグランド、マリンタワー、氷川丸、桜木町駅など、当時の横浜の風景が描かれている。1957年生まれの僕としては、どこかで「かすっている」空気感、単なるノスタルジーとは違った不思議な世界。舗装されていない坂道が普通だった時代。高校の生徒たちのリベラルで活き活きした姿。戦後民主主義(という虚構)を大人も子供も信じていた。男女共学のリベラルな(たぶん)名門高校の世界。旧制高校的な前時代的な設定は大仰ではあるのだけれど、僕は好感と憧れをもって観た。その後の日本の高度成長期を支えた人たちの若い頃の姿が、レスペクトと温かい目でそこに描かれている。ストーリー的にはありがちは設定で、作り方によってはスゴく陳腐になるところを、バランスを巧くとって進めた宮崎吾郎監督を見直した。というか、この作品に感じる品格の高さと質の良さには唸ってしまった。実写の作品にはないこの空気感や匂いや音も好き。☆☆☆☆1/2 

「昔は素晴らしかった、でもそれに較べて今の若者は・・・」的な文脈ではなく、映画の世界に僕は素直な驚きとレスペクトとシンパシーを感じた事を書いておこう。

①あの時代の高校生は、自分たちの未熟性と発展途上の可能性を自ら認めて「学生」という社会的役割をしっかり演じていたこと。
②だから、自分を高める努力をする事、勉強する事に何の疑問も持たず、真摯に生きていたこと。向上心があり夢を持っている。一言でいえばピュア。
③子供は子供の言葉があり、大人には大人の言葉があった。社会のルールがあり、礼儀正しい、節度ある人たち。
④子供は大人を自然にレスペクトし、大人は子供を信じられた社会。1970年代半ばから確実に変わったこと。
⑤自分でご飯を作り、皆で食べて、一緒に寝る。今とはプライバシーの感覚が違う。みんなで「寄り添って」生きている。
⑥きっと今と較べれば電子レンジもないし、冷凍庫もないし、自由にお湯を使えるシャワーもないし、エアコンもなし、ウォッシュレットだってない(笑)とんでもなく不便な生活だった筈なのに、不平不満を言わずみんなで「工夫して」生きている。
⑦学園紛争、民衆闘争(ひいては市民運動)、左翼的リベラリズムを是とする風潮。まだ「終戦後何年」という時代。
⑧今より明日の方が善いことがある筈だ!と皆が信じられた時代。

311の大震災後の日本人にとって、我々の原点を気付かせてくれ、「上を向いて歩こう」と、元気づけることが出来る映画だと思った。

海ちゃんと俊君はその後どういう人生を送ったんだろう?と想いを馳せつつ・・・余韻に浸っている。
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追補:今朝になって改めて考えてみると、1963年当時に高校生だった人たちっていうのは、僕らの世代より10年くらい上の先輩たちの世代なのだ。昨日はずいぶん上の世代(親くらいの世代)って勝手に思い込んでいたんだけれど。だとすると、このストーリーの(僕の空想上の)続編のストーリーはずいぶん変わってくる。

August 3, 2011

ギャハハ笑いは最高のストレス解消だ


今朝は早朝から大爆笑。FBで教えてもらったこのサイト。涙を流して笑いすぎて腹筋が攣った。たしかにテレビ画面のテロップが目立ちだしたのは、ここ10年くらいのことなんだろうけれど、笑っちゃうことも多い。これはその傑作集。それにしても膨大な放送画像からどうやって記録しているんだろう。力作だな。下ネタ系のレベルはかなり高いと思う。


これもFBで教えてもらった動画。双子の赤ちゃんのなんともかわいい画像。Da,Da,Da,Da この表情と反応、心の動きなど、まさにコミュニケーションの本質を突く画像だな。それにしても可愛い。

なんとなく朝からワサワサバタバタと忙しい一日で、そのまま東京ルール当直中。

August 2, 2011

みかけは全然アテにならないって話。

外見上はごく普通に見えるのに、「えっ!?」と驚いてしまった今日の2人。

①喉の痛みと消化器症状で診察した20代の女性。普通のOL風のファッション。それでは喉を診察しましょう、と口を開けてもらって驚いた。舌に真ん中にピアスが!ピアスには驚かないけれど、彼女の外見とのギャップに「えっ!」と驚いたけれど、僕はこの道30年のプロ。ごく普通に冷静に診察して診断、処方。「ところで、舌のピアスはいつ入れたんですか?」「あはははっ、ワカゲノイタリです、先生。外すの忘れちゃったわ」「痛かったでしょ、麻酔なしで舌にピアッシングするなんて」「そりゃーもう、痛かったです。でも付き合っていた悪いオトコが。。。ふふふ。」あのさ、ふふふって。

②救急搬送された30歳代、女性。急性薬物中毒。見た目はごく普通の(堅気の)女性。消防からの連絡で現在通院中の病院情報で驚いた。筋金入りの薬物(覚☆剤&アルコール)中毒で社会的にはかなり厳しいPDの人。全身状態が落ち着いたので、家族に迎えにきてもらい入院後4時間で退院とした。「わかっちゃいるけど、止められない」のは、依存症という病気なのだ。でも本当に堅気だったら覚☆剤なんてどうやって買うのさ。やっぱり、フツーではない人。

本当に人は見かけによらない。30年間医者やっていてもオドロく事は日常茶飯事。

August 1, 2011

スローペースで始まった今週

午前の外来から掠れ声と喉の痛みがあって、午後からなーんとなく身体がダルい。ちょっと疲れが出て夏風邪をひいたみたいだ。まあ、でも寝込むほどでもなく、今週も忙しいスケジュールを騙し騙し動くしかないかも。日頃あまり風邪などひかないほうなので、自分でもオドロく。夜は、ちょっと迷ったけれどTMG山田町医療支援の会議と懇親会など@横浜駅に出席することにした。今回のTMG医療支援活動の総括的な会合。シンポで突然発言を求められびっくりしたけれど、山田病院の及川院長、看護部長、事務長も上京されていて、久しぶりに話をする事が出来た。彼らも疲れが出る頃だろうから、これからまだまだ続く復興へ向けて、くれぐれもご無理されないようにとお願いした。秋口までにはもう一度行きたいと思った。今月後半には「助けあいジャパン」主催のボラツアに娘たちが陸前高田へ赴くし、僕もこれから何が出来るかを考えたい。一通り出席者に挨拶していたら、身体が重く関節痛もあり、なんとなく熱っぽくなってきそうだったので、そーーっと早退することにした。市営地下鉄で爆睡して帰宅。今週は当直もあるし、ちょっとスローペースとしよう。
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